時間
時間とは、なんだろうと考える。
科学的に言えば、物質が遷(うつ)ろう無限のさまを、人間が区切った尺度なのだろう。
「お前たちの先生で居られるのも、あと僅かな時間……か」
抽象的に言うのであれば、時間とは過去から未来へと流れる一方通行の河であり、誰も時間を遡(さかのぼ)った者など居ない。
「ボクが足掻(あが)ける時間も、これで最後と言うワケだ……」
かつての教え子たちが、アリスをイジメていたと知ったボクは、落ち込まずには居られなかった。
「そんなコトいうなよ、先生。まだテストがダメだなんて、決まったワケじゃないジャン」
かつては勉強が苦手で嫌いだった、レノンが言った。
「わたし達、頑張るんだからね。みんな、先生がクビになんて、なって欲しくないんだから」
エレベーターのゴンドラの、透明ガラスにもたれ掛かった栗毛の少女が、ボクを見つめている。
「ああ。そうだな、ユミア」
テストを受ける生徒たちを励ます立場のボクが、逆に励まされてどうする。
もっと、しっかりしないと。
「教師であるボクに残された最後の手段は、キミたちを信じるコトだけだ」
ボクは自分の両頬を、激しく叩いた。
日本の技術者たちが開発した高速エレベーターは、ボクたちを瞬時に下界まで運んでくれる。
この巨大高層建築を作ったのだって、日本の技術者や建築会社なんだ。
それらの会社に、優秀な人材を提供して来たのは、かつての義務教育や学校だった。
「なにも、落ち込む必要なんて無いさ。どんなシステムにだって、利点もあれば欠点もある」
ボクは必死に自分の信念を補完し、前向きになろうとする。
エレベーターのドアが開き、馴染みの地下駐車場の光景が広がった。
「思えばボクは、最上階と最下階の2つのスペースしか、使って来なかったな」
「なに、しんみりしてんのよ。これからだって、まだまだここに来るんだからね」
ボクの雇い主は、強気な顔を見せる。
けれどもそれは、ユミアなりの精一杯の強がりなのだろう。
「だけどまさか、ライブ会場でテストを受けるハメになるなんてな」
「思っても、みなかったのです」
先を行く、レノンとアリスが言った。
「アイツの悪趣味には、ホントあきれる他ないわね」
久慈樹社長の悪口をまき散らしながら、控室へと入って行くユミア。
他の生徒たちも、後に続く。
「申しワケございません。こちらの控室は、男性はご遠慮願います」
簡易の机に居た女性スタッフが、ボクにアタマを下げた。
「そ、そうですか。わかり……」
「なんで、男性は入れないのよ。ただの控室でしょ?」
納得したボクの脇から、ユミアが飛び出して来る。
「ライブ用の衣装に、着替えていただく必要があるからです」
「ハア。衣装って、制服じゃないワケ?」
「はい。アイドル用の衣装に着替えていただきます」
「意味がわかんないんだケド。なんでアイドルじゃないわたし達まで、アイドルの衣装を着なきゃ行けないのよ!」
「久慈樹社長の、ご指示です」
事務的なコトしか言わない、女性スタッフ。
「アイツの指示に、従ってやる必要なんて無いわ。みんな、このままテストを受けましょ」
「ソイツは、困るな。スタッフの指示には、従ってくれないと」
そこには、高価そうなスーツを当然のごとく着こなした、久慈樹社長が立っていた。
「出たわね、久慈樹 瑞葉。一体、どう言うつもりよ」
普段通りの、スパイスの利いた対応を取るユミア。
「天空教室の仲間はみんな、アイドルをやっているんだ。キミたち4人だけ除け者にするのは、可哀そうじゃないか」
「ア、アタシたちも、アイドルになれってコト!」
「そ、それはチョット……」
いきなりの発言に驚く、レノンとアリス。
「アイドルになるかどうかは、個人の意思だったのではなくて?」
「それは昨日までの話だよ、クララ」
久慈樹社長は、天使のように笑った。
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