地球の独裁者
「散々、質問責めにされたからなァ。今度はオレが、質問する番だぜ」
アッシュブロンドの、男が言った。
「まず、聞いて置きたい。ミネルヴァの意志ってのは、なんだったんだ?」
ゼーレシオンと一体化していたボクに、命の付きかけたミネルヴァさんが託した言葉。
とうぜんながら、プリズナーが知る由も無い。
「ミネルヴァさんは、ボクに地球の指導者(リーダー)になれと言っていた……」
ラウンジに、沈黙が広がった。
故人の遺志と言えど、現実味など欠片もない話だったからだ。
「あの生真面目そうなバアさんが、最期の最後に面白い冗談を言うじゃねェか。それとも宇宙斗艦長……アンタのハッタリか?」
「ボクがハッタリを、言う理由がないだろう」
「どうだかな。アンタは、地球のリーダーに成りたがっている。だから、誰も聞いていないミネルヴァの遺志だってコトに、でっち上げたってシナリオだって考えられんだぜ」
「残念ながら、いくら故人の遺志とは言えど、ボクが地球の指導者になるなんてあり得ない。丁重に、辞退させていただくよ」
「そんなセリフも、どこぞの悪どい独裁者が言ってそうだケドな」
「お、おじいちゃんは、悪どくないですゥ!」
今日は、やけに強気なセノンが反論する。
「悪どいかどうかは、後世の歴史家にでも判断をゆだねるとして、だ」
プリズナーは、長い脚をテーブルから退けて立ち上がると、ボクの肩に腕を絡ませて来た。
「1000年前からの冷凍睡眠者さまは、眠りから覚めて早々に、MVSクロノ・カイロスの艦長に就任してんだぜ。程なくして、木星のラグランジュポイントにある企業国家間の紛争を解決して、見返りとして太陽系最強の艦隊まで手に入れたんだ」
改めて言われてみれば、ついぶんとご都合主義なシナリオだ。
「もし、ライトノベルにでもされていたら、現実感(リアリティ)が無いと評価されるだろうな」
「なんだ、そりゃ。とにかくアンタは、自ら労せずして超高性能艦を手に入れ、最強の火星艦隊すら蹂躙できる戦力を支配下に置いてるんだぜ」
「それを使えば……地球の指導者になるコトも、できるって言いたいのか?」
ボクは、マフラーのように肩にかかった腕を、振り解く。
「アンタはもう、地球の指導者を超えた力を、手にしてるっつってんだ」
「ボクが、地球の指導者より強い力を?」
「アンタの時代は、地球が人類の文明の中心だったかも知れねェが、今の人類文明の中心は、火星だ。その火星艦隊を壊滅させたアンタの艦隊なら、文明の遅れた地球の制圧なんざ、簡単な仕事だろうぜ」
アッシュブロンドの男の言葉は、ミネルヴァさんの遺志を侮辱しているように感じた。
「ミネルヴァさんの言っていた、指導者と言うのは、決して独裁者のコトでは無いよ、プリズナー」
「アンタだって少なからず、今の地球の状況を観て来ただろう。何度も戦争を繰り広げ、互いに核を撃ち合った結果が、真っ黒な雨の降り注ぐ真っ黒な海だ。太陽光なんて届くハズも無く、海面上昇でかつての国土のほとんどが、今や海の底に沈んでんだぜ」
「今の地球の状況が、厳しいコトくらい知っている」
「だったら、話は……」
「独裁者だったら、今の状況を変えられるって言うのか?」
「少なくとも、議会制の民主主義よりは、可能性があるんじゃねェか」
「今の地球は、ゲーによる独裁だろう。それで、地球の情勢が良くなって行く未来は見えるのか?」
「いいや、機械に自分たちの未来や責任を、丸投げしたのさ。機械どもは、委託されてるに過ぎない。そんな腐ったヤツらに、地球の未来を任せられるか?」
「だったらキミは、ボクになにをさせたいんだ?」
「簡単な話しさ。アンタ……地球の独裁者になれ」
プリズナーは、さも当たり前のように言った。
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