静寂の教室
「ユ、ユミア……その恰好は!?」
久しぶりに目にする、翡翠色のツインテールのアイドル教師。
「緊急事態だからね。数学については、わたしが教えるのが1番手っ取り早いでしょ」
瀬堂 癒魅亜(せどう ゆみあ)は、ボクの雇い主でもあり最初の生徒でもある。
ユークリッドの教育動画を最初に始めたのは、彼女の兄である倉崎 世叛だった。
けれども、それを引き継ぎ人気を得たのは彼女であり、今の巨大IT企業の基盤を築いたのも彼女の出した数々の教育動画なのだ。
「ボクに、反論の余地はないな」
ボクは、もろ手を挙げて降参する。
「先生が数学を任せるって、やっぱユミアの数学ってスゴいのか?」
「普段のユミアって、かなりポンなとこあるからなァ」
タリアとレノンの親友コンビが、訝しげな顔で栗色の髪の少女を見る。
「レ、レノンにポンだなんて、言われる筋合いないわ!」
「まあ、そうだな」
「タリアまで、ヒドッ!」
最初は共同生活を嫌がっていたユミアも、今はレノンに突っ込みを入れられるくらい打ち解けている。
ボクはそれだけでも、嬉しかった。
「ユミアって数学に関しては、ホントに特別な才能を持っているのよ」
「そうね、タブンわたしたちとは、数字の見え方が違ってるんだわ」
天空教室の優等生である、ライアとメリーが見解を述べる。
「ホエー、そこまでスゴいんだ」
「ライアとメリーが言うんなら、確かなんだろうな」
半年に渡って彼女の数学スキルを見て来たが、ボクなど及ぶレベルじゃない。
ただ単に数学が得意というレベルではなく、歴史に名を遺す数学者のような『天才性』を持っていた。
「とりあえずわたしの方でも、模擬テストを用意してみたわ。これで現在の数学の、みんなの学力を測ってみましょう」
「テストまで作ってくれたのか。確かに数学の模擬テストは、まだだったが……」
ユミアから受け取った、模擬テストに目を落とす。
自分のカバンに忍ばせた模擬テストを出すのが、はばかられる完成度を誇っていた。
「ユミアったら、朝からいきなりテストするのォ」
「しかも数学って、まだ寝起きで頭も回って無いのにムリ過ぎィ」
星色の髪の、ボーイッシュな双子姉妹である、カトルとルクスが嘆いた。
「そう言わないの。昨日の夜の短い時間で、頑張って作ってくれたのよ」
「まあ、パソコン仕えてキータッチも神がかってるから、とんでも無い速さで完成してたケドね」
2人の優等生が言った通り、ユミアはパソコンスキルも凄まじかった。
「今のノーパソは、性能もスゴいからね。基本ソフトも入ってるし、アレくらい余裕よ」
「ボクが必死で作ったのは、なんだったんだ……」
「ン、なにか言った?」
「イ、イヤ、なんでも無い。それより、さっそくテストを配ってしまって構わないか?」
「モチロンよ。わたしは出題者だから、今回のテストはパスね」
ボクは、ユミアが表計算ソフトなどを駆使して作ったテストを、教室の最前列の席に回す。
再びテストが、前列から後列に向けて配られて行く。
「アステたちとシアちゃんは、これ。ミアとリアは、こっちを解いてみて」
「わかりました、ユミア先生!」
「恐れ入ります」
「りょうかいやで」
「ま、任しときィ」
中学生と小学生用のテストも、ちゃんと用意してくれていたユミア。
「流石だな。ボクとは、場数が違う」
「わたしは、言われるがままにカメラの前で喋っていただけ。先生の方が、経験は上よ」
ナゼか頬を赤らめ、謙遜するユミア。
「生徒を前にしての授業って、1度もやったコト無いのか?」
「あるワケ無いじゃない。ユークリッドのアイドル教師なんて言われてたケド、実際には生徒も居ない部屋で1人、喋っていただけよ」
「そ、そうか……」
それから天空教室は、静寂の空気に包まれる。
筆記具の、カリカリと鳴らす小さな音だけが教室に響いた。
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