ライア(嘘つき)
『事実とは、多くの人にとって聞きたくもない毒針』……。
クララの言った言葉は、今のボクにとっては最も辛らつな言葉だった。
「そうね。確かに相手を追いつめるのであれば、下手なウソよりも事実の方が遥かに有効になるわ」
クララの意見に同調する、ライア。
「あら、意外ね。まさか弁護士を目指す貴女が、わたしの意見を認めるなんて」
「認めるとか、そんな偉そうな立場じゃないわ。弁護士は事実に基づいて、クライアントの正義を証明し弁護する職業よ。それ以上でも、それ以下であってもいけない」
「立派な理想ね。警察官だったのに汚職に手を染めた、貴女のお父さんに対する反発心かしら?」
「クララ。あんた言って良いコトと、悪いコトがあるでしょうが!」
赤毛の少女の赤い針に、今度はユミアが反発する。
「ユミア、ありがとう。でもクララも、マスコミを目指しているのよ。遠慮なんかしていたら、マスコミなんてやって行けないでしょう」
「やけに物分かりが、良いコト。貴女こそ、弁護士としてやって行けるのかしら?」
「今は未知数としか、言いようがないわ」
「ムリでしょうね。理想だけでは、弁護士は務まらない。貴女は、自分の正義に反する人間の弁護を、引き受けるコトができるのかしら?」
「確かにそのときは、自分なりの正義に基づいた弁護をするしかないわ」
マスコミを目指す少女と、弁護士を志す少女の舌戦が、ヒートアップする。
「でもクララって、マスコミを目指してんだな。始めて知ったよ」
「だったら、テレビ局か新聞社に就職すんのか?」
タリアとレノンの親友コンビが、話に入って来た。
「今さら既存のマスコミに、入るつもりは無いわ。どの既存メディアも、新たに登場したSNS系のネットメディアに押され、記者の給料さえロクに払えてない状況ですもの」
そう言えば前にユミアから、既存のマスコミの使っている機材は、SNS系のネット動画を出している個人動画制作者より劣っていると、聞いたコトがある。
もちろん場合によりけりなのだろうが、それでもそう言う時代なのだと実感させられた。
「だけどネットメディアが、真実を伝えているとは言えないでしょう?」
マスコミに対し、良くない思いを持っているユミアが、食い下がる。
「もちろんよ。ネットメディアのニュースなんて、既存のメディアから金で買ったニュースばかりが並んでいるわ。ちょっとした時間にスマホを取り出し、見るには調度いい感じに仕立てられてね」
「それじゃアンタは、どんなマスコミを目指してんのよ!」
「ユミア、落ち着きなさい。これは、個人の考え方の違いよ」
「で、でも……ライアは、悔しくないの?」
「クララの言ったコトは、事実だもの。事実であればなにを言って良いとは思わないケド、少なくともわたし自身が父を唾棄(だき)している以上、仕方のない批判よ」
「本当にそうかしら。貴女は、ウソを付いている。自分の名前と、同様にね」
赤いサソリは、言葉の針をライアの心に突き刺す。
「わたしが、ウソをついている……どう言うコトかしら?」
「そのままの意味よ、ライア(嘘つき)」
ライアの整然とした顔が、僅かに歪んだ。
「貴女はまだ、汚職に手を染め失踪までした父親を、今でも慕い尊敬し続けている」
マスコミらしく言葉で相手を煽る、クララ。
「何を言い出すかと思えば。わたしがあの男を、尊敬しているハズがないわ。あの男は自分の罪を償わず、全てを捨てて逃げたのよ!」
ライアは珍しく、語気を荒げる。
天空教室から、少女たちのかしましい声が消えた。
「その辺にしてくれ、2人とも。もう授業が、始まっている時間だ」
ボクは教壇に立ち、授業を始めようとする。
「まだ無駄な行為をするつもりですか、先生。残念ですが先生と過ごせる時間は、あと僅かなのですよ」
クララの言葉に少女たちは沈黙し、再び天空教室に沈黙が訪れた。
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