ユミアの最初の生徒
「メリー氏、ちゃんと話を聞いてたんスか。ユミア氏は、誰も生徒が居ないところで、ユークリッドの授業動画を撮ってたんスよ?」
訝(いぶか)しげな顔の、テミルが言った。
「いいえ……わたしは、そうは思わないわ」
けれども、八木沼 芽理依(やぎぬま めりい)は、頑として譲らない。
「思わないって、言ってもっスねえ。ユミア氏自身が、そう言って……」
「まあまあ、テミル。ワケを、聞いてみようじゃないか」
テミルを落ち着かせると、ボクはメリーに目をやった。
「別に、根拠とかあるワケじゃ無いんだケド……」
そう前置いた上で、アイボリー色のショートヘアの少女は語り始める。
「ユミアの最初の生徒って、お兄さんだったんじゃないかって思うんです」
メリーの言葉に、喫茶店の奥まった席を支配していた、少女たちのかしましい声が収まった。
「お兄さんって、ユミア氏のお兄さんだよね?」
「だとすると、倉崎 世叛というコトになるわね」
エリアとライアが、伺いを立てる。
「そうよ。ユミアは、お兄さんに喜んでもらいたくて、先生を始めたんじゃないかしら」
「つまり……ユミアの最初の生徒は、倉崎 世叛ってコトか?」
ボクは彼女の言葉に、ハッとさせられる。
「わたしの憶測ですが、そんな気がするんです。わたしの最初の生徒は、レノンとアリスですが、やはり彼女たちが勉強を理解してくれると、なんだかこっちも嬉しくなって来て……」
「同感だな。教師をやって得られる最高の喜びは、生徒の成長に立ち会えたときだと思ってる」
正直に言えば、今もその瞬間なのだ。
出会ったときは、教師を全否定していた八木沼 芽理依。
そんな彼女が、教師としての階段を一歩一歩、着実に登っているのを感じられたのだから。
「でも倉崎 世叛って、不治の病に侵されて死んじまったんだよな」
隣の男が言った。
「ユミアは、実の兄と大事な生徒を、同時に失ったのね……」
弁護士を志しているライアも、ユミアの心の慮(おもんばか)る。
「メリーのお陰で、ユミアが笑顔を失ったワケが、少し理解できた気がするな……」
ため息を吐き、俯いたボク。
アイスコーヒーの入っていたグラスには、氷だけが残っている。
メリーが導き出した答えは、恐らくは正しい。
でも、彼女が出した答えに、ボクはたどり着けなかった。
ボクは氷をストローでクルクル回しながら、物思いにふける。
ユミアはボクにとって、最初の生徒だ。
そんな彼女の気持ちを、解ってやれなかったのが悔しかった。
「さて、そろそろお暇(いとま)しますか」
友人の声が、ボクを現実に引き戻す。
「ん、もう良いのか。曲のイメージは……」
「それはお前がボーっとしてる間に、4人にリスニングして固めたよ」
慌てて腕時計を確認すると、もう1時を周っていた。
「先生、少し疲れてるんじゃないですか?」
「もしくはタリアに殴られた衝撃が、まだ残っているかも知れません」
心配顔でボクを見つめる、エリアとライア。
「念のため、病院行った方が良いんじゃないっスか?」
「だ、大丈夫だよ、テミル。今日は日曜日で、元からゆっくり過ごす予定だったんで、気が緩んでるのかもな。申し訳ない」
それからしばらくして、ボクと友人は4人の少女に別れを告げ、喫茶店を出た。
店を出ると、周りは野次馬の大軍が押し寄せ、警備員が出動し警戒線まで貼られている。
「まさか店の周りが、こんなコトになっていたとは驚きだぜ。これみんな、プレジデントカルテット目当ての野次馬なのか?」
「ああ、恐らくな。改めて、自分の生徒たちの人気を思い知らされたよ」
人波をかき分けその場を離れると、大通りでタクシーを捕まえ乗り込んだ。
「グヘェ、お前が大変だって気持ちが、解った気がするよ」
「ボクも、グラサンかけてオールバックにして、タリアに殴られて無ければ気付かれてたかもな。店の前が酷いコトになっていると、アイツらにも伝えないと……」
「有名人になるってのも、大変なんだな。オレも曲が売れれば、あんな風に……」
「その前に、曲を完成させろ。次、行くぞ」
ボクはスマホで、4人の生徒に店の前の状況を伝えると、次の目的に向かった。
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