真紅の毒針(スカーレットニードル)
「せやけどウチら、アイドルデビューのライブでイッパイイッパイで、勉強できてヘンで!」
「姉さん、威張らないで下さい」
シアに窘(たしな)められる、キア。
「ボクたちも、そう。けっきょく、レアラとピオラに……」
「なんだかんだ、付き合わされちゃったからね」
カトルとルクスの双子姉妹も、同じ顔で腕を組み悩んでいる。
「デビューライブが成功したとは言え、これからセカンドシングルの収録もありますわ」
「恐らく今までのようには、勉強する時間は取れないでしょう」
芸能一家に育ち、芸能界で成功するコトが至上命題のアロアとメロエも指摘した。
「それは、アイドルになると言った時点で、解ってたコトじゃないか?」
ボクは、超高層マンションの最上階に創られた、教室の生徒たちの顔を見渡す。
太陽はそろそろ頂上付近に達しており、見晴らしの良い窓には澄んだ青空が拡がっていた。
ボクは勝手に『天空教室』などと呼び始めてしまったが、その名に恥じない教室であるコトは間違い無いと、改めて思う。
「確かに、そうです。ですが来週のテストと言うのは、聞いておりませんでした」
新兎 礼唖(あらと らいあ)が、反論した。
彼女は、生徒たちの中ではトップの成績であり、意外に感じてしまう。
「いつテストをするかは、ボクも聞かされてはいなかった。でも、普段から学力を高めていれば、問題は無いハズだ。よって今日、テストを行う」
「ええ。テストは来週って、言ったばかりじゃんッ!?」
ライオンのタテガミのような髪の少女が、本気で驚いている。
「レノンは、アイドルじゃないんだ。勉強する時間は、いくらでもあったハズだが?」
「だ、だって先生が、アイドルになっちゃったからさ。ここのところ、なにも教えて貰えてなくて……」
レノンの言う『先生』とは、八木沼 芽理依(やぎぬま めりい)のコトだった。
「申しワケありません。ここのところ、ロクに時間が取れませんでした」
申しワケなさそうに頭を下げる、アイボリー色のショートヘアの少女。
「いや、メリーの責任ではないよ。ボクがもっと、サポートすべきだった」
正直に言えば、普段ならレノンとメリーの勉強を見てくれていたメリーの離脱は、痛恨の痛手だろう。
全体指導のボクの授業よりも、メリーの個別指導の方が2人の成績を伸ばしていたのは、紛れも無い事実だった。
「それで、今さらテストなどをやって、どうなると言うのです?」
赤柴 紅蘭蘭(あかし くらら)が、チクリと棘のある言葉を刺す。
「今日のテストは、君たちの現在の学力を知るために実施する。その結果を踏まえて、足りない部分を補習するつもりだ」
「1週間で……ですか?」
「そうだ。時間が無いのは、解っている」
ボクとクララの間に、しばらく無言の時間が流れた。
「この教室には、勉強の必要のない生徒も混じっています。将来を考えれば、勉強よりもアイドル活動に専念させた方が良いのでは?」
「そうだな。勉強をしなければならないと言うのは、大人や社会のエゴだろう。それでも勉強は、将来の選択肢を広げる可能性を持っていると、信じている」
「先生が信じているかは、どうだってイイことです。それよりも、生徒にとって最善の選択肢を与えるのも、教師の務めではありませんか?」
今まで、ほぼ自分の意見を主張して来なかったクララが、自らの意思をはっきりと示す。
「ちょっと、クララ。そんな言い方ないじゃない!」
「言い方が、問題。ならもっと、辛らつな言葉で返しましょうか?」
ユミアの反論を、攻撃的な針で迎え撃つクララ。
「先生は、打つべき手立てを打たなかった。生徒が大勢アイドルとして招へいされているのに、阻止しようともしない。学力を上げる手立ても、有効なものはせいぜいメリーに2人の面倒を見させたコトくらいだわ。それで今さらテストを行ったところで、なんになると言うのです?」
「アンタねえ。毒舌なのは薄々気付いてたケド、まさかここまで正確が悪いとは思わなかったわ!」
「事実を言ったまでよ。そして事実とは、多くの人にとって聞きたくもない毒針なのよ」
褐色の肌に、ワインレッドのウェーブのかかった髪をポニーテールにして頭の後ろに垂らした少女は、ニヤリと笑った。
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