悲劇のヒロインたち
シンフォニックでアコースティックな曲が流れると共に、天井絵の天使たちが平面から抜け出して、宙を舞い始める。
「ス、スゲエ、裸眼AR(拡張現実)ってヤツか!?」
「ホントに天使が、空を舞っているとしか思えないわ!」
凝った演出に、会場が騒めいた。
ゴシックなビロードの絨毯に跪(ひざまづ)く、エリア。
天井のパネルはいつの間にか、ステンドグラスの模様になっている。
恐らくだが本物の日の光を取り込んで、エリアの周囲に真っ白な光を落としていた。
「アイドルライブとは思えない、教会みたいな演出だよな?」
「でもオレ、わかったぜ。これ、ソロアルバムのあの曲だろ」
どうやら周りのファンたちは、どの曲が始まるのか知っているらしい。
天使が空を舞うライブ会場に、神秘的な歌声が響き渡った。
「これが……エリアの声なのか?」
高音ソプラノの透き通った声は、本当に天使が歌っているのかと勘違いしてしまうくらい美しい。
「でも、なんだかエリアのイメージとは、どことなく違うな」
「先生ったら、けっこう失礼なコト言うわね」
エリアのソロが響く会場は、会話が可能になっていた。
「イヤ、そう言うワケじゃなくてさ。彼女の教会に行ったコトがあるんだケド、教会がプロテスタントってのもあって、もっと純朴なイメージと言うか?」
「そう……先生、エリアの教会に行ったんだ……」
右隣に座ったユミアの顔が、急に曇る。
「あ、ああ」
ボクは、エリアの教会に行ったときの経緯を思い出した。
小高い丘にそびえる教会の墓地には、ユミアの実の兄が眠っている。
「もちろん、ボクが連れて行ったのさ。ヤツの、墓参りも兼ねてね」
ボクの左隣に座った久慈樹社長が、子供っぽい笑顔で答えた。
「ずいぶんと、勝手なコトをしてくれるわね」
「オイオイ。確かにヤツは、キミの実の兄でもあるが、ボクの親友でもあるんだ。墓参りくらいするのは、当然だろう?」
「アナタが、親友ですって。最高に甘い評価をしてあげて、悪友よ。兄が築いたユークリッドを、自分の意のままに動かせて、さぞや楽しいでしょうね」
「悲劇のヒロインを、まだ続けるつもりかな。でも、悲劇のヒロインは、キミだけじゃないさ」
ステージに目をやる、久慈樹社長。
そこには美しくも儚げな美声で歌う、エリアの姿があった。
「我柔 絵梨唖(がにゅう えりあ)。彼女もさ」
すると、荘厳な教会のセットが崩れ、足元から草木が伸び花が咲き乱れる。
「曲調が、変った。これは何とも、鮮やかな曲だな」
純白のローブを着ていたエリアが、ワルツのように回転するステップを踏み、踊り始めた。
「オイ、上見ろよ」
「うわ、ライアが宙を舞ってる!」
「テミルっちも、空飛んでるぞ!」
緑色の妖精の姿をしたライア、メリー、テミルが、ドームの天井から吊られたワイヤーアクションで、優雅に宙を飛び回る。
「解ってるわ……そんなコト」
ユミアが、ポツリと何かを言った。
けれども既に、大音量が邪魔して聞こえない。
ステージではエリアが、舞い降りてきたライアたちと共に歌っていた。
彼女も、母親を自殺というカタチで失っている。
教育民営化法案に対する、抗議のための行動だった。
「悲劇のヒロインは、ユミアだけじゃないと言う社長の言葉は、正しい……な」
エリアの曲が終わると、ライアのソロ曲のステージとなり、ステージが法廷のセットに替わる。
天井のクリアパネルに浮かんだ裁判官たちに対し、弁護士として立ち向かうライア。
「ライアも、正義の心を教えてくれた父親が、汚職の嫌疑をかけられた挙句、失踪してしまったんだ……」
刑事だった父親に対するライアの感情は、かなり複雑だった。
「ボクの生徒である少女たちは全員、悲劇のヒロインでもあるんだ」
耳を劈(つんざ)く歓声の中、ボクはそんな想いでステージを眺めた。
前へ | 目次 | 次へ |