崩れ行く八王子
「……名前が、必要なかった?」
ミネルヴァさんの言葉に、ボクは反応する。
「わたしは、ゲーや老人たちの道具でした。道具に固有の名前など、必要ありませんから……」
確かに道具に、固有名など必要ない。
包丁は包丁であり、ハサミはハサミだ。
包丁やハサミに固有の名前を付ける人も居るだろうが、一般的ではない。
「キミを利用した人間からすれば、そうだろう。だからって、キミ自身が決めてしまえば、良かったんじゃないか。その権利すら、無かったなら話は別だケド」
「ミネルヴァという役職名だけで、わたしには十分過ぎました」
200年の時を生きた女性の、重みを持った言葉。
与えられた役職から逃げずに、彼女は任務を遂行し続けたのだ。
「それより、八王子を……離れましょう。ここに踏み止まる意味が、もうありません……」
言葉に力が無くなって行く、ミネルヴァさん。
「了解した。ラビリア、メイリン、まだ無事か?」
ボクは彼女を疲れさせまいと、話し先を替えた。
「なんとか無事だラビ」
「でも、サブスタンサーの飛行能力で、空のヤツを振り切れるかどうか解らないリン」
2人の乗るシャラ―・アダトが、巨人たちと交戦してるのが見えた。
「巨人やゲーは、なんとか振り払えそうだが、アイツは厄介だな」
メイリンの言う空のヤツとは、ウーのコトだった。
本体は黒雲の中に留まったまま、巨大な竜巻を発生させて攻撃を仕掛けて来ている。
「それに今は、この辺のほとんどが水没しちゃって、周りは放射能の海だラビ」
「サブスタンサーじゃ、陸地まで航続距離が持たないリン!」
「……だからと言って、ゼーレシオンとシャラー・アダドを乗せて地球に降下して来たフライトユニットも、恐らくゲーか巨人によって破壊されてしまっているだろう」
例え無事だったとしても、機動性のない大気圏突入用のフライトユニットなど、直ぐにウーの竜巻の餌食にされてしまうハズだ。
「ど、どうするラビ?」
「こっちは2機だけだから、もう限界メル!」
竜巻と巨人による止むコトの無い攻撃に消耗させられ、次第に追い詰められていくボクたち。
「ゼーレシオンの触角で、アンティオペーに連絡を取ってみよう」
地球の衛星軌道上を周回しているであろう、テル・セー・ウス号の艦長に向けて通信を試みる。
「聞こえるか、ボクだ。アンティオペー、返事をしてくれ」
けれども、直ぐに返事は返って来なかった。
「ゼーレシオンの触角と言えど、万能では無いか」
「たぶん、ウーが妨害しているラビ」
「ウーは、地球圏の人工衛星のネットワークを、支配しているメル」
「元はそっちが、本職なんだろ。仕方ないところか」
無理やり自分を納得させるが、悠長なコトは言ってられなかった。
「見るラビ。手のいっぱい生えた大きな巨人が、島を削り取ってるラビ!」
「攻撃して来ないのは助かるケド、このままじゃ島が無くなっちゃうリン!」
1つ目の巨人の10倍はあろうかと思われる、無数の目と大量の手が生えた巨人が、凄まじい勢いで八王子の島を削り取っている。
ショベルカーなどの比では無い巨大な腕が、凄まじい量の硬い岩をケーキのように剝ぎ取っていた。
「どの道、ここを離れるしか選択肢がないってコトか……」
破壊され、剥き出しになった大地が、波の浸食によって海に沈んでいく。
ボクたちが囚われていた監獄も、倒壊して海に沈んで行った。
「まだあそこには、仲間たちが居るのにラビ!」
「なんとか、助けられないリン!?」
同じ研究所で生まれた仲間を心配する、ラビリアとメイリン。
「残念だが、もうムリだ。助けられない……」
「そ、そんなラビ」
「ヒド過ぎるリン!」
海の底に沈む仲間を、ただ見送るコトしか出来ない2人。
「ギムレットさん……」
ボクも、ボクを脱獄させ、ゲーによって殺された恩人を思いながら、戦いを続けた。
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