アイドル教師の抵抗
「天空教室に残っている生徒は、約半数か」
教室には、ユミアとレノン、アリス、それに元テニスサークルの、アステたち7人の少女たちが居る。
「ボクたちも、戻って来たから……」
「確かに人数的には、約半数だね」
カトルとルクスが、私服から制服姿になって寝室から出て来た。
「わたし達も、忘れてないかしら?」
「さあ、カトル、ルクス。勉強を始めるわよ」
やはり制服を纏ったレアラとピオラが、双子姉妹に怖そうな瞳を向ける。
「も、もう始めるんだ」
「少し、休憩してからでも……」
「貴女たちのテスト結果から逆算すると、そんなヒマは無いのよ」
「2人とも、さっさと席に着きなさい!」
高性能AI少女の2人は、ピシャリと言った。
「さて、カトルとルクスは優秀な先生に任せられたが、他はどうしたモノか……」
ボクは、栗色の髪の生徒を見る。
「な、なによ。わたしに、先生をやれと言うの?」
ユミアは、あからさまに動揺していた。
「ボクはキミに、家庭教師として雇われた身だ。紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、天空教室で教鞭を振るうコトにはなったが、今もキミから給料(サラリー)を貰っている。クライアントに、こんな提案をするのも、おかしな話だとは思うが……」
ボクは視線を、レノンとアリスに移動させる。
2人は、八木沼 芽理依(やぎぬま めりい)に先生になって貰ったお陰で、今回の模擬テストも赤点をギリギリ回避していた。
「メリー先生は、収録に行っちまったしな。ユミア、数学観てくんない?」
「お願いするのですゥ」
2人も、多少の自信は付いたのか、前向きな発言をする。
「前にも、言ったハズよ。わたしが教師で居られるのは、誰も居ないカメラの前だけだって!」
ユミアは、不安を怒りで隠すように言った。
「そう思ってるのは、ユミア……キミだけかも知れんぞ」
「ハア、なんでそうなんのよ!」
「今回の数学の模擬テストだって、キミが作ってくれたじゃないか」
「それはそうだケド……でも、実際にプリントを配って、テストを実施したのは先生じゃない!」
やはりユミアは、先生として目の前の生徒に教えるコトを、頑(かたく)なに拒否をする。
幼い頃に両親を亡くし、兄である倉崎 世叛とも、離れ離れになってしまった彼女。
後にユークリッドを立ち上げる倉崎は、ネットを通じて授業を流すコトを思い付く。
サーバーを建てて、自らが先生となって教育動画を提供し始めた。
「まあな。そこまで嫌であるなら、流石に無理強いはできない。レノンとアリスは、ボクが観るよ」
後に天才実情果と呼ばれた男が始めた事業は、教育民営化法案が施行される追い風にも乗って、瞬く間に世間に浸透して行った。
「べ、別に、そこまでイヤってワケじゃないケド……」
その過程で、倉崎は実の妹であるユミアを、数学の教師に抜擢する。
今は亡き天才の意思を、ボクなど知るべくも無く、どんな過程を経てそうなったのかも解らない。
けれども高校生年齢の少女教師の誕生は、マスコミを巻き込んで全国的に拡散されて行った。
「だったら、イイじゃん。もっかい、アイドルバージョンのユミアになってよ!」
「わたしも、観たいですゥ!」
アイドル教師となったユミアだったが、実際には兄の笑顔が観たくて、教師をやっていたのだろう。
兄である倉崎 世叛の死によって、彼女から笑顔は消た。
「えええッ!?」
ユミアは、2人の生徒に背中を押され、寝室へと入って行く。
新たな動画を撮られるコトもなくなり、アイドル教師も世間から姿を消した。
困り果てたのか久慈樹社長は、ボクにユミアの笑顔を取り戻すように依頼する。
「こればかりは、ボクや久慈樹社長が、しゃしゃり出るまでも無かったかも知れないな……」
再び姿を顕したユミアは、ライトグリーンのツインテールの、アイドル教師になっていた。
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