ラノベブログDA王

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この世界から先生は要らなくなりました。   第09章・第15話

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情報を牛耳る者

 久慈樹社長のコーヒーカップは、すでに空になってテーブルに置かれている。

「あの時のキミは、心の底から瀬堂 癒魅亜(せどう ゆみあ)を憎んでいた。自分と刺し違えて命を失っても、構わないと言うくらいにね」
 久慈樹 瑞葉はカップをソーサーごと取り上げると、キャビネットに向かって歩き出す。

 キャビネットに乗ったドリップ式コーヒーメーカーに、再びミルで挽いたコーヒーの粉を入れ、上からお湯を注ぐ。

「まずは、30秒ほどの蒸らしが必要なんだ。このときに立ち昇る湯気が、コーヒーの香りを一気に解き放つ。これが、じつに良い」

「コーヒーのブームなど、とうに過ぎ去っているでしょに」
「コーヒーには、ブームなどと言った安っぽい波に影響されない、本物の力強さがある。ボクがホレ込んだのは、その辺りさ。恐らく老人になっても、コーヒーを煎れてるだろうね」

「いいえ、アナタは直ぐに飽きてしまう。来月には、他の何かを飲んでいるわ」

「アハハ、キミは辛らつだねェ。何処となく、ユミアに似ているな」
 クライアントにそう評価されたクララは、琥珀色の液体に顔を映す。

「確かにわたしとユミアは、似ている気がします。あのコを見てイライラしていたのは、きっと自分と似ていたから……」

「キミも家庭が破滅する以前は、けっこう優雅な生活をしていたのだろう。腕利きの記者として名を上げていた父親の、稼ぎのお陰でね」

「ええ。今から見れば、世間知らずの愚かな娘でした。それが色々な芸能人や有名人の、秘密を暴露して得た金だとも知らずに……」

「幸福だった時間は、倉崎 世叛の伝説の記者会見によって失われた。不幸のドン底に叩き落とされたキミの目には、アイドル教師としてもてはやされるユミアが、かつての世間知らずの自分のように感じたのだね」

 赤柴 紅蘭蘭(あかし くらら)は、直ぐには答えられなかった。
目の前の男は、最初からそれを解っていて、自分と契約したと気付いたからだ。

「アナタと言う、人はどこまで……」
 殺したいホド憎んでいた瀬堂 癒魅亜の元に自分を送り込み、天空教室を内側から監視させる。
生の内部情報を得たいとの名目で、本当の目的はユミアに対する自分の心の変化を、観察していたのだ。

「ずいぶんと人の人生を、弄(もてあそ)んでくれますね」
「キミの父親や、同業者のマスコミ連中だってやっているコトだろう?」
 久慈樹 瑞葉の言葉は、またしても少女を沈黙させる。

「情報を牛耳る者は、強い。自分たちの悪事を悪事とせず、都合の悪いコトは報道せずに闇に葬るコトができた。テレビや新聞の、黄金期まではね」
 ソファーに座って足を組み、コーヒーをソーサーから取り上げる、久慈樹 瑞葉。

「だが、時代は変わった。インターネットが世界を変えたのだよ」
「確かにSNSのストリーミング動画サービスのお陰で、誰しもが簡単に動画を配信できる世の中にりましたからね……」

「アイツはそれをいち早く利用し、マスコミに対する対抗手段にまで仕立て上げた」

「並べられたカメラの向こうの、動画配信者によって、集まった記者たち断罪されました。わたしの父も、あらゆる誹謗中傷を受け、アルコールに溺れて……」
 赤柴 紅蘭蘭の吊り上がった瞳が、涙で潤んでいる。

「だが、マスコミへの対抗手段としては、残念ながらまだ脆弱だった。この国の民は、自分たちの流行らせたストリーミング動画サービスよりも、アメリカの巨大資本が生んだ後発のサービスを好んだからね」
 コーヒーカップが、社長の口元へと運ばれる。

「マスコミ……この国の情報を牛耳る人間が、その外資の巨大企業に金をバラまけば、口を封じられるからですか?」

「これは、驚いた。やはりキミは、優秀なコだ」
 琥珀色をした液体が、久慈樹 瑞葉の口に流し込まれた。

「だからボクは、ユークリッドを巨大企業に育て上げる決心をした。外資の影響力など、消し飛ばせるくらいのビッグビジネスにね」
 社長は、赤毛のポニーテールの少女の額に、キスをする。

 その日、赤柴 紅蘭蘭は、天空教室には帰らなかった。

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