繋ぎのフォワード
「ま、待ってくれって。まだ試合すらロクに見てねェのに、いきなり戦力外通告は無いだろ!」
イヴァンさんが、語気を荒げるのも当然だ。
「プレイなど、見るまでも無い。オフサイドラインも気にせずチャンスを潰しまくるだけのお前は、元々構想外だった」
シャルオーナーは、ばっさりと切り捨てる。
「だったら、なんでオレを取ったんだ?」
「地方リーグ相手なら、身体能力だけが取り柄のお前でも、使えると思ったがな。状況が、変わった」
「ふざけんな。オレはこの身体を武器に、点を取って来たストライカーだ。高校時代は、夏の大会の得点王にだってなってるんだぜ!」
「高校レベルなら、それで通用したのだろう。相手が勝手にミスをしてくれたり、パワー負けしたりでな。だがプロに入ってからの、お前の成績はどうだ?」
「うッ……そ、それは」
「大会得点王の看板をぶら下げて、鳴り物入りで入団したはいいものの、結果を残せずにチームを退団。カテゴリーを3部に下げてやっと、それなりの点を決めているに過ぎない」
「要するにオレは、ちゃんとしたフォワードを取るまでの、ただの繋ぎってワケか?」
「その通りだ」
シャルオーナーは、真っすぐにイヴァンさんを見たまま、目を逸らさずに言った。
「テ、テメェ、よくもいけしゃあしゃあと……」
筋肉で覆われた腕の血管が浮き出て、大きなゲンコツがギュッと握られる。
「どうした、イヴァン。僅かな期間とは言え、給料は払うぞ。お前としては、短期間で高額な契約金に、違約金まで手に入るんだ。悪い話じゃ、ないだろ?」
挑発しているとしか思えない、エトワールアンフィニーSHIZUOKAのチームオーナー。
「アンタの考えは、理解した。だが、アンタの指示に従う気はねェからな……」
イヴァンさんは、上げた拳をゆっくり下げると、来た階段を降りて行った。
「シャルオーナー。なにも、あそこまで言う必要は、無かったのではありませんか?」
アルマさんが、毅然(きぜん)とした態度で異を唱える。
「これは、サッカーと言うビジネスの話だ。口出しは、許さん」
「ビジネス……ですか。ロランが逃げ出すのも、ムリありませんね」
今度はオリビさんが、小声で呟いた。
「口答えか。構わんが、僅か30分の試合で6-0という大敗の責任を、お前たちも負っていると言う自覚くらいは、あるんだろうな?」
オーナーの言葉は、全ての反論を封じる。
「ロラン。とくにお前は、ウチの10番を背負うエースだ。最大の責任を負うべき人間が、名古屋ではホテルを抜け出し記者会見に遅惨するなど、本来ならばチームを追放されても仕方ないのだぞ」
シャルオーナーは、オリビさんの陰に隠れたボクを、ロランだと思ったらしかった。
「アルマ。今日からチームキャプテンを、お前に任せる」
「え、オレがですか?」
いきなりキャプテン襲名を言い渡されて、驚くアルマさん。
「イヴァンに引導を渡して置いて、ロランをなんのお咎(とが)めも無しにするワケにも行くまい。年齢的にも年上だし、お前は大学に通いながらウチで、スポーツ医の資格も取るつもりなのだろう?」
「はい。そのつもりです……」
「いずれは、ウチのスタッフとなる可能性も高い。キャプテンを経験しておいて、損は無いぞ」
「わかりました。キャプテンを、引き受けます」
「任せたぞ。次の相手は、あのGIFUだ」
オーナーは、ボクたちの背後に視線を向けた。
「フルミネスパーダMIEと、1FC(エルストエフツェー)ウィッセンシャフトGIFUの試合は、0-0のスコアレスドローですか……」
新たに就任したキャプテンが、表情を引き締める。
オーナーと選手とのイザコザの間に、僅か30分の試合は終わってしまっていた。
「いくら選手を寄せ集めたばかりの急増チームとは言え、次は無様な戦いは許さん。心して、かかれ」
オーナーの号令で、イヴァンさんを除くエトワールアンフィニーSHIZUOKAの選手が集められ、緊急ミーティングが開始された。
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