紅色のポニーテール
「そう言えば、クララはどうした?」
別に点呼を取るワケでもない、天空教室。
机も椅子も、生徒の人数分をユミアが揃えてくれていたが、空いた机に気が行かなかったのだ。
「なんでも今日は、用事があるそうよ。数学の模擬試験は、あくまでわたしが勝手に用意したモノだから、参加の無理強いはできないわ」
「仕方ないな。クララは個人主義なところがあるが、数学に関しては独学で一定の成績は納めているから、大丈夫とは思うが……」
「用事って、なにかしら。あの子って、自分のコトは殆んど明かさないから」
「気にはなるところだが、今は来週のテストに集中しよう」
「そうね。了解よ」
教室では、ユミアに任命された2人の先生も、それぞれに受け持つ生徒たちと机を合わせ、勉強を教え始めた。
アイドル教師のユミアと、レアラとピオラの2人も、それぞれの担当する生徒を密着して指導する。
「それじゃあボクたちも、始めようか。解らないコトがあったら、ボクに聞いても良いし、お互いに教え合っても見て欲しい」
ボクは、アステたちテニスサークルの7人の少女たちと、キアの3人の妹を前に勉強を始めた。
~その頃~
ワインレッドの長いポニーテールの少女は、天空教室から遠く離れた町の通りを歩いていた。
決して大きな街では無かったが、整備されたイチョウの街路樹が整然と並んでいる。
「まったく、クライアントもなにを考えているか、知れたモノじゃないわね」
レンガ造りの背の低い建物に入っているブティックや、木造のペンキ塗りの小洒落たショップには、若者たちが集っていた。
「マスコミだって、薄ら笑いの上っ面ぶらを下げて、獲物を欺(あざむ)くモノだろう?」
オープンカフェの金属のテーブル席に座った男が、目の前に座りかけた少女に問いかける。
「それはそうだケド、こんなところにわたしを呼び出して、何のつもりかしら?」
紅いポニーテールの少女は、炭酸水を注文するとため息を吐いた。
「今の時代だ。スマホやパソコンでやり取りされる情報なんてモノは、金を積めば幾らだってアクセスできてしまうのだよ」
サングラスをかけた男は、カプチーノのグラスを口に運びながら答える。
「直接会った方が、危険が少ないってコト?」
「まあ、そうだね。多少のリスク回避には、なるかな」
そう嘯(うそぶ)く男は、真っ白なスーツを着こなしていた。
「どこまでが、本気なんだか。それよりも、クライアントさん。わたしを呼んだ要件は、なにかしら?」
「天空教室の内部の様子を、聞きたくてね。赤柴 紅蘭蘭(あかし くらら)」
男は躊躇なく、少女の名前を告げる。
「いくら人が聞いて無いにしろ、本名を出されても困るんですが」
「別に困らないさ。名前なんて隠したところで、この密会をマスコミの誰かが目撃していれば、キミの名前なんて即座にバレるよ」
男の笑みは、少女の顔を曇らせた。
「では、こちらも名前で呼んで構いませんね。久慈樹社長」
少女は、吊り上がった目をテーブルの向こうの男に向ける。
「モチロンだとも。それで、教室の様子を聞きたいのだが?」
「様子ですか。今は、来週のテストに向けて、模擬試験を行っているところです」
「それは、知っているよ。他の教師からも、模擬試験を行う旨(むね)の報告は上って来てるからね。ボクが聞きたいのは、そんなコトじゃない。教室の雰囲気さ」
「雰囲気……ですか。先週よりは、良くなったと思います。今はユミアも自分から率先して、数学の模擬試験を作ってましたから。他の生徒たちも、多少はやる気になっている感じですね」
「ユミアが……彼女は、どんな感じだった?」
「アイドル教師のコスプレに、戻ってましたよ。教師としては、アレが自然体なのかも知れませんが」
「そうか。キミを送り込んで置いて、正解だったよ」
男は、急に立ち上がった。
少女の釣り目の中の瞳には、用件は済んで帰ろうとしているように映る。
「わたしを天空教室の監視役にして、一体なんの目的があってそうしてるんです!」
紅色のポニーテールが、大きく揺れた。
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