人間の思いAI知らず
「大変だ、大変だよ、先生。レアラとピオラが、いなくなっちゃったんだ!?」
天空教室の玄関ドアを開けた途端、先日ボクに裸で抱きついて来た金髪たてがみ少女が、混乱気味にまくし立てる。
「お、落ち着け、レノン。いきなり言われてもだな」
ボクが天空教室へと足を踏み入れると、今度は星のような金髪の双子が出迎えた。
「き、今日の朝起きたら、レアラとピオラの人形が無くなっていたんだ」
「昨日寝るまでは、ちゃんとベッドの棚に居たのに!」
カトルとルクスの2人が、つぶらな瞳で必死で訴える。
「お前たちも落ち着け。相手は、小さな人形じゃないか。この天空教室から、抜け出したとは考えにくい。よく探せば、ベッドの下とかに隠れていたりは……」
「しないんだよ、それがね」
ボクの言葉を遮るように、サラサラ髪のスーツ姿の男が言った。
「久慈樹社長、いらしてたんですか?」
「ああ。この問題は、キミが考えてるホド小さな問題じゃ無いからね」
「そうなんですか。でも2人の本体って、サーバーとかにあるんじゃ?」
ボクは、なけなしのデジタル知識を総動員して問いかける。
「1つのメインサーバーで基本データの管理はしているんだが、全世界のユークリッドのサーバーやネットワークにデータを分散させ、構築したオーバーレイネットワーク上のクラウドで、走らせているんだ」
久慈樹 瑞葉は、呪文のような言葉を発し始めた。
「ねえ、先生。授業の内容がまったく解らない生徒の気持ちが、わかった?」
「ああ、少なからずわかったよ、レノン」
ボクはレノンと共に、劣等生の気分を味わう。
「彼女たちは、仮想空間の中で人間と同じような感情を持ち、独自に成長して思考を進化させる。彼女たちは、自らの思考の部分に、勝手にプロテクトをかけてしまったのさ。それにこちらが入れて置いた、睡眠プログラムも勝手に解除してしまって……」
「まったく、にゃにやってんのかしら。お笑い種だゃわ」
上半身に大きなシャツを着ただけの、だらしない格好のユミアが寝室から起きてきて言った。
「ユ、ユミア……そのカッコウ。まだ寝ぼけてるな」
「べ、別に、寝ぼけてにゃんか……むにゃ」
「ハイハイ、いいから着替えるわよ」
「もう1度、寝室に戻りなさい」
しっかり者のライアとメリーに引っ張られ、寝室へと戻って行くユミア。
「まったく、なにやってんのかしら。お笑い種だわ」
しばらじくすると、天空教室の制服を着た、整った格好をしたユミアが現れる。
「ユミア、社長の言ってるコトが解かるの?」
「よーするに、あのコたちの思考データにアクセスできないから、そっからの追跡はムリってコトよ」
「な、なるホド……」
「ですが、彼女たちの思考データにアクセスできなくとも、監視カメラや警備システムなどのデータはあるんじゃありませんか?」
「2人がこの最上階から抜け出したとすれば、必然的に姿が映っているハズだわ」
レノンとは頭の性能が違う、ライアとメリーが言った。
「それが、不自然なくらいなにも映っていなくてね。恐らく彼女たちがサーバーからアクセスして、監視カメラの動画データを改ざんしたのだろう」
「動画データを改ざんって、そんなコトが出来るんですか?」
「相変わらずデジタル音痴ね、先生は。今どきスマホでさえ、動画の編集はできるわ。背景の邪魔なモノを消したりとかね」
デジタルは最強の少女が、スマホを取り出して実演してくれる。
「こんなコトが、簡単にできてしまうのか!?」
「驚くべきは、それを形跡を残さずにやってしまったコトだよ。ここの玄関ドアの電子自動ロックも、開いたコトを示すデータは無かったからね」
「人間の子供が親の思い通りに育たないみたいに、AIも人間の思惑通りには進化してくれないってコトでしょうか?」
「そう、まさにそれだよ、キミ。たまには良いコト言うじゃないか!」
久慈樹社長に褒められるも、なんだか嬉しくない。
「とりあえずボクは、外を探して来ます。レアラとピオラも、今や大切なボクの生徒ですから!」
ボクは考えるより先に、教室を飛び出していた。
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