笑顔が消えたワケ
「先生、少し時間をいただいても構わないでしょうか?」
ユークリッドのアイドル教師としてのユミアは、少し大人びた口調だった。
「ああ、構わないが……」
ボクは少し、不安になる。
SNSを通して拡散された話題は、何を言ったところで納まるとは思えなかったからだ。
「この姿で皆さんの前に出るのは、久しぶりですね。既にネットで話題になっているから、知っている人も多いとは思いますが」
「もう1年以上も、新規の動画が出ていないと言うウワサのコトですわね」
「ユミアさんのファンの間で広まって、今は一般人でもそう認識しているみたいですわ」
ウワサ好きな双子姉妹が、ユミアの言葉を補足する。
「でも、新規の動画って言ってもさ。ユークリッドの場合、1年分の授業を動画にして流してるんでしょ。1回撮れば来年も使えるし、それでお終いなんじゃないの?」
「それは違いますわ、レノンさん。確かに授業動画なのだから、1度撮ればコト足りますが……」
「他の教科の先生方の動画は、それでも何度も更新(アップデート)されておりますわ」
「へ、そうなんだ。知らなかった。なあ、タリア」
「まあな。更新があったかどうかを、一々追っているファンが居るのも、考えモノだな」
「ン、でもなんで、更新されなくなっちゃったんだ?」
「オイ、レノン!」
「ア、アレ、あたし、なんかマズいコト言った?」
ライオンのたてがみを彷彿とさせる金髪の少女以外は、動画が更新されなくなった理由に薄々気付いている様子だった。
「理由については、タブン想像が付いているんじゃないかしら。わたしと、ユークリッドの創設者である倉崎世叛は、実の兄妹だったんです」
ユミアは教壇の前に立って、自らの口で秘密を打ち明けた。
「ふえ、ユミアとあの倉崎 世叛が……兄妹ィ!?」
「そうだ、バカライオン。ネットにも、前々からそんな情報が出てたよ」
「マジでェ。他のみんなは、知ってたの?」
「せやな。元は週刊誌が、すっぱ抜いた記事やったと思うで」
「その記事、ボクたちも読んで驚いたよ」
「同級生とか関係者に、取材しまくって書いた記事みたいだね」
キアや、カトルとルクスの双子姉妹も、噂を書き立てる週刊誌に興味があるのだ。
正直、ボクはその記事のコトは知らなかった。
「そう。理由と言うのは、倉崎 世叛の……」
アイドル教師は、言葉が続かず押し黙ってしまう。
彼女の実の兄である倉崎 世叛が死んだのは、もう1年以上も前の出来事だ。
その時から、ユークリッドの誇るアイドル教師の笑顔が消える。
「あの時から、ユミアは笑顔を失ってしまったんだ」
ボクは、俯く彼女の背後に立った。
「せ、先生!?」
「ユミアが、笑顔を失ったのって……」
「やっぱ、お兄さんが死んじゃったから?」
動揺が、教室に騒めきとなって広がる中、レノンが素直に聞いて来た。
「そう……ね」
目の前の少女は、下唇を噛みしめ気持ちを落ち着けようとしている。
「あの時、わたしはまだ叔父さんの家にいて、事情もよく呑み込めていなかったから」
「それに倉崎から、彼女の存在は口留めされていてね」
天空教室に再び、久慈樹社長が入って来た。
「不治の病に冒された若き天才実業家が、日々衰弱して行く様子を連日の様に報道するマスコミ。彼はそんな現実から、実の妹を遠ざけたかったのだろう」
「確かにあの時のマスコミ報道は、常軌を逸していたわ。一部から、非難の声も上がっていたし」
「でも、全然辞めなかったジャン。加熱する一方でさ」
「当然さ。マスコミが使う正義とやらは、弱者の非を突きひたすら攻撃する為にある」
「ヒ、酷い話だよな。被害者の気持ちも考えないでさ」
久慈樹社長の論理に納得し、腹を立てるレノン。
「世の中の多くの人間は、それを欲し求めるモノだよ。キミたちみたいにね」
「ア、アタシは……その………」
「キミらだって、下らない噂話は大好きじゃないか」
「ゴ、ゴシップ雑誌を読むのは、芸能界の情報集めの手段ですわ」
「そ、そうですわ。誰かを傷付ける気など、ございません……」
そう言いつつも、ユミアと視線を合わせられないアロアとメロエ。
「マスコミ連中の仕事は、キミらの様な強欲な主のために、ひたすら弱者を蹴り漁って下らない話題を提供し続けるコトだよ。彼らにとって倉崎 世叛の死は、とてつもない貢物だったのさ」
久慈樹 瑞葉の辛らつな言葉に、天空教室は完全に沈黙した。
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