中吊り広告
『ユークリッドのアイドルユニット、続々と本格始動』、『プレジデント・カルテット、セカンドシングル・発表間近!』、『アロアとメロエ、ネットとテレビ連動の冠番組を企画中』。
数学の模擬試験を行った翌朝、新聞を広げると見過ごせない記事が並んでいた。
「ヤレヤレ。せっかく生徒たちが勉強にやる気を出してくれたところなのに、これか……」
ボクは、煎れたてのインスタントコーヒーを飲んだあと、ため息を吐き出していた。
「予測はしていたが、時間は待ってはくれないな」
仕方なくカバンに、テスト結果や苦手部分の対策を示したノートを詰め込んで、ユークリッドの超高層マンションへと出勤する。
「朝のラッシュも、久しぶりだな。いつもは偉そうな重役出勤なんだが、改めてサラリーマンの大変さが伺い知れる」
昨日はユミアの指導の元で、生徒たちが午前中から模擬テストに参加してくれていた。
ボクもその熱意に応えようと、出勤時間を前倒したのだ。
「まるで、押し寿司になった気分だ。アイツと就職活動をしていた頃は、何度か経験したんだがな」
久しく味わってなかった圧迫感を味わいながら、ボクを乗せた地下鉄は目的に向け走り出す。
『チョッキン・ナー、ヨーロッパのロックフェスティバルに参加が決定的』、『タリアと狂犬男との熱愛が進展』、『レアラとピオラ、カトルとルクスのアイドルユニット化を画策中』。
電車の中吊りにも、看過できない週刊誌の広告が並んでいた。
「週刊誌ともなると、どこまでが本当で、どこまでがウソかわからないから、さらに質が悪いな」
身動きの取れない車内で、ヒマつぶしの広告を眺めていると、フードを被った少女が、見覚えのある男と話しているのに気づく。
ア、アレって、タリアじゃないのか?
ボクは声に出さないように、心の中で驚いた。
相手の男は真っ赤な髪をしていて、女の子としては大柄なタリアよりも背が高く、鋲(リベット)が打たれた黒い革ジャンを纏(まと)っている。
「相手の男は、襟田 凶輔(はかまだ きょうすけ)だな。タリアに、言い寄っているみたいだが……」
男に言い寄られている、タリアらしき巻き髪の少女は、明らかに嫌がっている様子だった。
止めようとも思ったが、間に人のバリケードがあって、彼女の元には辿り着けない。
やがて、巨大ターミナル駅に到着すると、地下鉄から心太(トコロテン)のように、大量の乗客が押し出されて行った。
「これで、タリアの元に……って、今の駅で降りたのか?」
人の減った車内に、襟田 凶輔らしき男の姿も、美乃栖 多梨愛(みのす たりあ)らしき少女の姿もすでに無かった。
「今のは、ホントにタリアだったのか……」
中吊り広告を見上げると、2人の写真が隣り合って並ばされている。
テニスサークルの少女たちを護ろうとしたタリアによって、重傷を負わされた襟田 凶輔。
入院中の病院で、ボクに向かって、タリアを自分のモノにすると宣言した。
そして実際に、ライブう会場でタリアがドローンによる襲撃を受けたとき、彼はタリアを護って見せる。
「アイツを、信じても良いモノなのか……それとも……」
タリアを襲ったドローンは、襟田 凶輔の仲間と言うよりは配下だった、九頭山 太刀男という名の少年が操縦していた。
この時のボクは知らなかったが、ネット上では自作自演だとの声も上がっていたのである。
「アレ、先生はもう出勤なの?」
「ひょっとして、今日も午前中に授業をするつもりだったとか?」
思案中で周りの見えて無かったボクに、ツバの広い帽子を被った2人の少女が声をかけて来た。
「その声……アロアとメロエか?」
2人は大きな眼鏡をしていて、普段とは印象が大きく異なる。
「どうした、そのカッコウって言いたいんでしょ?」
「わたし達はアイドルじゃなかったから、比較的ふつうに出歩けてたんだケド……」
2人の眼鏡は、中吊り広告を映していた。
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