トランジションとビルドアップ
来根 粋螺(こるね スッラ)さんは、理想的なボランチの代名詞として、名を馳せた選手だ。
アンカーとしての能力を、ほぼ全て高いレベルで備えている。
相手の動きを読んでのボール奪取能力に、ドリブルでの突破やロングパスでの展開力まであるんだ。
「それはこっちの台詞だぜ、アルマ。お前とは、県大会で何度もやり合ったからな」
「そしてオレは、一度もキミには勝てなかった」
ボールをキープしながら、アルマさんはスッラさんと、何やら話している。
「そりゃ、お前の学校が進学校で、サッカー部が弱かったからだろ。そんなチームに、オレたちは苦戦を強いられていた。お前さえ居なきゃ、楽勝だったんだがな」
「買い被りだな。キミは、全国に行くべくして行った。単純にキミの方が、能力が高かったんだ」
「まあな。だが、お前ホドのボランチは、全国にすら居なかったぜ」
激しい駆け引きをする、2人のボランチ。
「なにチンタラやってだよ、スッラさん。オラ!」
2人の勝負に、ネロさんが割って入った。
アルマさんの身体を斜め後ろから僅かに押し、ボールに触る。
「し、しまった」
アルマさんの足元から離れたボールは、スッラさんの足元に収まった。
「テメー、ネロ。オレとアルマの勝負(ワン・オン・ワン)を、なに邪魔してんだ!」
「うっせ。個人の勝負がしてーんなら、格闘技でもやってろ。文句言ってねぇで、展開しやがれ」
「まったく、年下のクセに口の悪いヤツだぜ」
同僚に文句を言いつつも、前線にパスを入れるスッラさん。
ペナルティエリアの僅か左に出されたボールに、チュニジア人ストライカーが走り込む。
流石、スッラさんだ。
あっさりと、攻守を逆転(トランジション)されちゃった。
トランジション……近代サッカーに置いて、攻守の切り替えのスピードはなにより重要とされる。
それを体現できるスッラさんが、各年代の代表に名を連ねるのも必然だろう。
「さっきはやられたがね。今度は通さんよ」
バルガさんの前に、ヴァンドームさんが立ちはだかる。
「どうだかな!」
チュニジア人ストライカーは強引に突破を計り、ヴァンドームさんのマークを引きずったままシュートを放った。
「ヴォーバン!」
ヴァンドームさんが、叫ぶ。
「任せな(laissez-moi faire)!」
フランス人ながら、アフリカのマリ共和国にルーツを持つキーパーが、今度はガッチリとボールをキャッチした。
「そう何度も、入れさせるかよ。ヴィラール、後は任せた!」
スローインで、センターバックでリベロのヴィラールさんに、ボールを渡すヴォーバンさん。
「さて、そろそろ身体もほぐれて来たところだ。攻めるかね」
ヴィラールさんは、口髭の端を指で挟むと、優雅にドリブルを開始する。
ワントップのフルミネスパーダMIEに、プレスをかける選手はおらず、センターラインまでボールを持ち上った。
対するMIEの選手はポジションを崩さず、引いて護っている。
「フム、相手は動かんか。では、尚も進むとしよう」
ヴィラールさんはさらに、ボールを持ち上がる(ビルドアップ)。
テレビで見た、フランストップリーグでの光景。
スッラさんが、トランジションの名手なら、このヴィラールさんは、ビルドアップの名手なのだ。
ボクは今、テレビで見ていた選手と同じピッチに立ち、同じユニホームを着ているんだ!
サッカー選手冥利に尽きるって、ヤツかな?
「早々、抜かせるかよ!」
「オレたちが、止めてやる!」
MIEの攻撃的なMFに入った2人が、プレスをかける。
「悪手だね、それは」
プレスの前に、ヴィラールさんはボールを叩(はた)いた。
「ナイスです、ヴィラールさん」
後ろ向きにボールを受ける、アルマさん。
「させるかってんだ!」
ネロさんがすかさず、ボールを奪いに行く。
けれどもアルマさんは、ダイレクトでボールをヴィラールさんに返した。
「ヴォン、アルマ。良き判断だよ」
ヴィラールさんも、返されたボールをダイレクトで蹴り出す。
「なッ……しまったッ!?」
ボールは、ネロさんが飛び出したために開いたスペースに落ちた。
そしてその場所には、ボクが立っていた。
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