降津 悪汰(こうつ ワルター)
せっかく、リナルさんが作ってくれたフリー時間(タイム)だ。
なんとか、活かさなくっちゃ。
左右に首を振る、ボク。
ロランさんとイヴァンさんには、マークが付いている。
オリビさんにも、べリックさんがマークに行った。
ど、どうする!?
その時、右サイドから中央のレーンに入って来る、真っ赤なモヒカン頭の選手が目に入った。
「こっちだ、一馬」
覚えたてのボクの名前を呼ぶ、右サイドハーフのモヒカン選手に、ボクはスルーパスを出す。
リナルさんがアルマさんを吊り出してくれたコトで開いた広大なスペースに、大きな赤いモヒカンとその左右のオレンジ色の小さなモヒカンを揺らしながら、走り込むワルターさん。
ス、スゴいスピードだ。
もっと前にパス出しても、届いたくらい脚が速い。
「オイ。マズいぞ、ヴィラ―ル。アイツは、とんでも無いスピードを持ってやがる」
「落ち着け、ヴァンドーム。スピードがあるからと言って、決定力があるとは限らん」
完全にノーマークだった選手の能力に、フランス人リベロコンビにも動揺が走っていた。
「悪いな。去年、焼津(ウチ)のチームの得点の半分以上は、オレがもぎ取ったんだぜ」
ボールを受けたワルターさんは、スピードを活かした豪快なシュートを放つ。
「ヴォーバン!」
ヴィラールさんが3度叫ぶが、ボールは右サイドからゴール左上の隅に、激しく撃ち込まれていた。
青ビブスのチームの3点目は、降津 悪汰(こうつ ワルター)さんの右足によってもたらされる。
「何たるコトだ。確かに4枚のバックラインの内、左サイドは弱点ではあるが……だからと言って、フランスのトップリーグで活躍したお前たちが、こうも簡単に失点してしまうとは」
腕を組み、憮然(ぶぜん)とした顔で戦況を見つめる、壬帝オーナー。
「ナイスシュートだ、ワルター。相変わらず、凄まじい切れ味じゃないか」
「応よ、ロラン。どフリーを決めなきゃ、ストライカーの名が廃(すた)るってモンよ」
かつてのライバル同士が、握手をかわす。
「元はと言えば、アルマさんを吊ってバイタル(危険)エリアを開けてくれた、リナルのお陰だろ」
「イヤ、オリビ。結局オレは、アルマさんに競り勝てなくて、フィニッシュのパスは彼に委ねてしまった。助っ人の、彼のお陰さ」
ナゼだか、ボクのお陰になってる。
でも、控えの選手たちも、控えのまま終わるつもりなんて無いんだ。
こうやって自分をアピールできる機会を、虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。
チームに帰ったらボクも、激しいレギュラー争いが待ってるんだ。
白い雲を見上げながらボクは、遥か遠く名古屋の仲間たちを思い浮かべた。
「3ー1だとはね。これじゃあ、首領(チェフ)も納得はしないだろう」
スポーツ選手にしては肉付きの良い腹を摩りながら、フランス人のリベロがため息を吐く。
「行くのか、ヴィラール?」
「止むを得んだろう。これ以上失点をするワケにも行かんし、これ以上得点を奪えないまま時間が経過するのもマズいのでな」
その間にも、試合再開のホイッスルは鳴り、ランスさんがまたドリブルを開始していた。
けれども今度は完全に読まれており、リナルさんがあっさりとボールを奪う。
「よし、オリビ!」
左サイドで奪ったボールを、ボランチのオリビさんに渡そうとした。
「甘いよ」
そのパスをカットしたのは、最終ラインから上がって来たヴィラールさんだった。
「バイタルで横パスをカットされるのは、サッカーに置いてはもっとも失点に繋がるプレイの1つだ」
ヴィラールさんの前には、控え組のセンターバックしか居ない。
中央では、ランスさんも待ち構えていた。
「しッ、しまった!」
「も、戻れ!」
慌てて戻る、リナルさんとオリビさん。
「terminer(フィニッシュだ)!」
フランス人リベロの右足が、ボールの外側を擦り上げるようにインパクトする。
ボールは美しい弧(シュプール)を描き、ボクたちのゴール右上に納まっていた。
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