もう1人の冷凍睡眠者(コールド・スリーパー)
「それじゃ、準備はできたかしら」
クワトロテールの、アーキテクターが言った。
彼女は名を、『トゥラン』と言い、全身が紫色とワインレッドの装甲に覆われ、背中には白い翼型のスラスターが生えている。
頭部から髪の毛上のパーツが4本伸び、その先端部分には小型のアーキテクターが内臓されていた。
「地球は、火星とは違って危険極まりない場所よ。貴女たちの、命の保証はできないわ」
「そ、それは……わかってます!」
4人の少女たちの中から、まずセノンが答える。
「今までだって、ヤバい戦場を戦って来たんだ」
「覚悟は出来てる……」
「ウチらフォボスでも、パトロクロスでも、死にかけてたしね」
「そう。解ったわ。でも地球は、気候以外に政治情勢も危うい場所よ。くれぐれも、油断しないコトね」
「トゥランさんは、地球に行ったコトがあるんスか?」
竹を割ったような性格の真央が、ストレートに質問する。
「まあね。と言うか、わたしは地球で生まれたのよ」
トゥランの白い顔に輝く、エメラルド色の瞳は、開けられた格納庫から見える宇宙に向けられた。
「地球って、意外……」
「だよね。火星に大きく劣る技術しか持ってない地球が、よくトゥランさんみたいな高性能なアーキテクターを、創れたモノだよ?」
疑問を浮かべる、ヴァルナとハウメア。
すると、トゥランの4本の髪の先端から、4人の少女型のアーキテクターが飛び出して来る。
「地球にも、『天才』って呼べる科学者はいたの」
「それにわたし達が作られたのは、ずっと昔……貴女たちが産声を上げる、遥か前よ」
4人のウチ、ラサカと、ラサナと言うの名の、アーキテクターが答えた。
「それって、どれくらい前の話なんですか?」
桜色とピンク色の可愛らしい宇宙服を着たセノンも、興味を持ったのか質問する。
「UF(ユニバーサル・フロンティア)暦の、200年辺りね」
「今がUF531年だから、300年以上も昔よ」
今度は、ラサヤ、ラサラの2人が答えた。
「そうだったんですか」
「初耳だぜ。道理で、貫禄があるワケだ」
納得する、セノンと真央。
「ま、それでもオレよりは、ずっと若いんだがな」
少女や女性型アーキテクターの輪の中に、いきなり男の声が飛び込んで来た。
「プ、プリズナー!?」
「ヴァルナ、そんなに驚いちゃ失礼だって」
「ゴ、ゴメン……」
「ケッ、まあいいさ。厄介者扱いされんのは、ガキの頃から慣れてるんでな」
男は、漆黒の宇宙服に身を包んでいて、アッシュブロンドの髪を掻き上げながら近づいて来る。
腕には、2つの顔の付いた不気味なヘルメットをぶら下げていた。
「プリズナー。子猫ちゃんたちが、怯えてるじゃない!」
「うっせ。それより、間抜けな爺さんを、助けに行くんだろ。さっさと、準備しやがれ」
「あ、あのォ……」
「なんだ?」
「プリズナーさんが、トゥランさんより年上って?」
「ああ、それがどうした。身近に、似たようなのが居ただろうが!」
セノンに対し、ぶっきら棒に答えるプリズナー。
そのまま、自分のサブスタンサーであるバル・クォーダに、乗り込もうとする。
「ちょっと、酷い言いようね。仕方ない、答えはわたしが……」
「も、もしかして、プリズナーさんは……」
トゥランの助け船を遮るように、セノンが言い放った。
「冷凍睡眠者(コールド・スリーパー)なんですか!?」
プリズナーの、歩みが止まる。
MVSクロノ・カイロスの広大な格納庫(ハンガー)に、静寂が押し寄せた。
「ま、そんなところだ」
男はそれだけ答えると、骸骨をデザインしたサブスタンサーの中へと吸い込まれる。
「ゴメンなんさいね、セノン。あまり、知られたくないみたいだから」
「は、はい。わたしこそ、詮索しちゃってゴメンなさい」
「ま、気になるところだケド、ここは艦長を探すのが優先だぜ」
「そう、まずは地球へ……」
「行こう、セノン」
他の3人の少女たちは、自分用に新造されたサブスタンサーに、それぞれ乗り込んだ。
「……うん」
栗毛のクワトロテールの少女も、好奇心を無理やりねじ伏せ、自分のサブスタンサーに乗り込む。
「待ってて、おじいいちゃん。今、助けに行くからね」
少女と似た、クワトロテールで小柄なサブスタンサーは、アフォロ・ヴェーナーの内部格納庫へと入って行った。
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