フォーリング・ダウン・ザ・ワールド
「な、なんだ、アレは。ステージに、巨大な化け物が現れやがったぞ!」
「あの化け物って、今まで降ってた赤い雨が、集まってんだろ?」
「一体、どんな技術を使ってんだ?」
最新のSF映画クラスの演出に、観客席から歓声が沸き上がる。
「ヤレヤレだよ。まさか、ナノ・マシーンまで開発してくれていたとはね」
腕を組みため息を吐く、ユークリッドの若き経営者。
「久慈樹社長の、指示じゃないんですか?」
「無論だろう。恐らくだが世界を繋ぐネットから、先進国の大手医療企業のサーバーにでもアクセスして、製造方法を学んだのだろう」
「学ぶコトは出来たとしても、どうやってナノ・マシーンを製造したんですか?」
「現時点では、謎だね。これから総力を上げて、調べさせる予定だよ」
レアラとピオラは、すでにユークリッドの優秀な技術者(スタッフ)たちさえ、手玉に取っていた。
『古(いにしえ)の時代に神によって封印されし、魔王よ』
『我らと我らを信ずる下僕(しもべ)どもの前に、顕現(けんげん)せよ!』
黒いアイドル衣装に身を包んだレアラとピオラが、冷笑を浮かべながら呪文の詠唱を始める。
センターステージに出現した巨大な魔物は、赤いスライム状の形態からゆっくりと変化し、やがて人の形となった。
「せ、先生、あの顔って!?」
ユミアの身体が、より一層密着する。
「あ、ああ。カトルだ……」
真っ赤な巨人となって出現したのは、四散したかに見えたカトルだった。
髪も、瞳も、身体の全てが血のように紅く染まり、背中には6枚の蝙蝠の翼が生えている。
魔王と化したカトルは大きな口で、飛んでいたレアラとピオラを飲み込んだ。
「うわあ。悪魔の2人の方が、喰われちまったぜ!?」
「てっきり、妹の天使を捕食するのかと思ったのに」
「マジで展開が、読めねェ」
観客席に騒(ざわ)めきが、ウェーブのように伝播する。
カトルの姿をした堕天使は、天に向けて大きく両腕を伸ばした。
『堕天は完了し、天使は魔王となって復活した……』
『我らも、新たなる力を得たのだ』
何処からともなく響き渡る、レアラとピオラの声。
「み、見ろよ。魔王の手の平の上!」
「あ、レアラとピオラが乗ってるぞ!」
「ホントだ。それに衣装も、真っ赤なドレスにチェンジしてやがる」
観客の誰かが指摘した通り、2人の悪魔はカトルの左右の手の平の上に現れる。
レアラとピオラは、まるでむしり取られた心臓のように血管が脈打つ、赤いドレスを纏っていた。
髪は真っ白に変化し、エメラルド色の瞳を輝かせている。
『光に満ちた世は終わりを迎え、闇の時代が始まる……』
『さあ、次のステージの始まりだ』
夜も深まったドームに、新たな音楽が流れ始めた。
「今度は、ロック調のハードな曲だわ。ロールプレイングの、ボス戦の曲みたい」
「ユミアの感想は、相変わらずだな」
「う、うっさいわね。今時ゲームすらやらないなんて、先生の方こそどうかしてんのよ!」
ボクの腕に絡みついた栗毛の少女の腕が、振り解(ほど)かれる。
『人間どもよ、悪魔の威光にひれ伏すがいい』
『フォーリング・ダウン・ザ・ワールド!』
1分以上もある荘厳なイントロの後、2人の悪魔が歌い始めた。
曲はAパート、Bパートともに2人の掛け合いで始まり、コーラス部分でオーケストラがダイナミックに入って来る。
レアラが悪は偉大かと問いかけ、ピオラが賛同する内容の歌詞だった。
『さあ、現世に降臨せし魔王よ』
『お前の片割れの命を、貪(むさぼ)るがいい』
1番を終えた曲は間奏に入り、レアラとピオラの台詞が入る。
鎖に繋がれたルクスに向かって、真っ赤な魔王の巨大な掌(てのひら)が伸びて行った。
「……な、なんで……カトル……」
双子の妹は生気の失せた瞳で、異形の姿となった姉をただ呆然と見つめていた。
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