デビルズ・サージュリィ
ライブ会場のドームが、赤と黒の地獄を思わせる色に染まる。
「チョット、止めてよ。ウソでしょ、アンタたち!?」
青褪めた顔で叫ぶ、純白の衣装を着たルクス。
『ウフフ、なにをそんなに焦っているのかしら?』
『悪魔と天使は、もともと相容れないモノではなくて?』
鎖で身動きの取れないルクスの左右に降り立ち、新たに手に入れた人間の身体を擦り合わせる、レアラとピオラ。
『もはやキサマの姉は、我らの手に堕ちた』
『生かすも殺すも、我らが気分次第ぞ』
灰色の肌をした手で、ルクスの頬を撫でながら不気味に微笑んでいる。
「じょ、冗談でしょ。お願いだから、カトルを離して!」
必死に懇願するルクスの視線の先には、悶え苦しむ双子の姉の姿があった。
「見て、先生。カトルの背後に、十字架みたいなモンスターが!?」
「カトルちゃん、気を失ってるのですゥ!」
レノンとアリスが、後ろの席から叫ぶ。
「あの2人、一体なにをするつもりだ!」
「まさかとは思うケド、ホントにカトルをどうにかするつもりじゃ、無いでしょうね?」
ユミアが、久慈樹社長に怒りの視線を向けた。
「残念ながら、このボクにも解らないよ。AIである彼女たちの思考は、人間とは異なる。最悪の場合、人を殺すコトも躊躇(ちゅうちょ)しない可能性すらある」
「なに悠長なコト、言ってんのよ。AIが殺人なんか犯したら、誰が責任取るのか解ってるの!?」
「やはり、ボクなのだろうな。これは優秀な弁護士を、かき集める必要もありそうだな」
嘯(うそぶ)く、久慈樹社長。
その視線の先には、ゴシックでありながらグロテスクなデザインの魔物に磔(はりつけ)にされた、カトルの姿があった。
「カ、カトルをどうすんの。ボクたち、キミらに協力したじゃないか!」
ルクスがなにか叫んでいるが、会場の熱気が邪魔してか聞こえない。
『魔物の名は、サクリファイス・ヘルズビースト』
『お前の姉は、これから我らによって解体されるのさ』
ルクスの左右に居たレアラとピオラは、魔物の元へと飛んでいく。
『そこで、見て置け。キサマの姉が、悪魔として地獄に落ちる姿をな』
すると、カトルを磔にしていた魔物から、鎌やノコギリの付いた節手が出現する。
それらはゆっくり、カトルの身体を切り刻むような動きをしていた。
『さあ、手術の始まりだ。デビルズ・サージュリィ』
レアラとピオラも、手にした大鎌を振りながらも、ゴシックな曲を歌い始める。
アイドル的な要素は少なからず入っている曲で、不協和音を使いつつもポップな印象も残していた。
「ス、スゲエ演出だな。まるで、ミュージカルみてェだ」
「お前、ミュージカルなんて、見たコトあんのかよ」
「彼女に無理やり、連れて行かれてな。お前は?」
「ね~よ。彼女いねェし!」
観客たちは、2人のAIの演技に夢中になっている。
「デビルズ・サージュリィ』……悪魔の手術……か」
ボクは、固唾を飲んで2人の行動を見守った。
「先生……カトル、大丈夫かしら?」
ユミアが、ボクの腕にしがみ付いて来る。
「ま、まさかとは思うけど、ホントにカトルを殺しちゃわないよね?」
「ふ、不安なのですゥ」
「心配ないさ。レアラとピオラ……あの2人も、ボクの生徒だ。2人とも、カトルとルクスの頭の上に陣取って、ボクの授業を受けてくれた」
「どうしてそんなコトが、言えるのさ!」
「先生はもしかしてって、考えないのですか?」
クラスメイトであり、ルームメイトでもあるカトルを心配する、2人の生徒。
4面パネルの巨大スクリーンには、口に人工呼吸器を付けられ苦しむ、カトルの姿が映し出されている。
「そうだな、レノン、アリス。あの2人にとって、勉強など滑稽なモノだろう」
「確かにそうね。彼女たちはサーバー上に存在するプログラムデータだから、世界中の機密情報にまでアクセスするコトすら可能じゃないかしら」
「それでも2人は、ボクの授業をちゃんと受けてくれた。あえて、ネットの情報から自分たちを遮断してまでね。レアラとピオラは、悪いコじゃない」
ボクは、ボクの生徒を信じたかった。
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