強行突破
精神とは、かくも脆いものなのだろうか?
ボクは、自分で学校の教師になるコトを望み、それを幸運にも実現できていた。
教育民営化法案と、ユークリッドの無料教育動画の台頭によって、かつて『学校の先生』や『教師』と呼ばれた人々が職を失う中で、奇跡と言っていいだろう。
「やはりボクなんかが、先生で居るなんて……分不相応なのか?」
生徒を、信じられない気持ち。
優秀な生徒たちは、ボクの助力など無くとも、勝手に問題を解決し成長して行ってしまう。
「ボクは教師で、居るべきじゃないのか……」
それはやがて、自分自身をも信じられなくしていた。
会場中を飛び回る、カトルとルクスのコピーたち。
レアラとピオラの生みだした無数の幻影は、観客1人1人に身体を密着させている。
「カトル、ルクス……お前たちは、ボクを教師と認めてくれるか?」
ボクの身体にも、2人の小悪魔が纏わり着いている。
縋(すが)る気持で問いかけると、2人の幻影はクスクスと笑って飛び去って行った。
天才的な頭脳を持った2人のAIが、ドームに集った愚かな人間たちを魅了する。
やがてそれは、悪魔崇拝のような声援となって具現化した。
「もう、しっかりなさい!」
呆けていると、ボクのほっぺたが左右にギュッと引っ張られる。
「イデデデデデッ!?」
下を向くと、栗色の髪の小柄な少女が、怒った顔でボクを睨んでいた。
「ヒュ、ヒュミィア……」
「情けない声、出さない。コイツの言うコトなんて、鵜呑みにしちゃダメなんだから」
「相変わらずだな。ボクは世の中の心理を、言ったまでだよ。『信じる』って言葉は、相手を疑ってるから使われる言葉なのさ」
「そりゃそうだわ。だって人間なんて、万能でもなければ完璧でもないのよ。でも、誰かを信じたい。けっきょくは、そんなモンでしょ」
「それはエゴだよ。信じて裏切られる結果になったところで、それは勝手に信じたヤツが悪い」
久慈樹社長の脳は、論理的にだけ物事を理解しているのだろう。
「ええ、そうね。でも裏切ったヤツだって、多少は悪いのよ」
「どうして、そうなるのかな。おかしいとは、思わないのかい?」
「もちろん!」
ユミアは、迷いなく言い放った。
「ヤレヤレ、キミに理屈は通じないようだね」
「理屈じゃ、アンタに勝てないんだもの。だったら、別の手段を用意するのは定石ね」
確かに、ユミアの言う通りだ。
理屈でかかって来る相手には、強行突破が最善手かも知れない。
「この曲で、最後なのかしら?」
上を見上げると、レアラとピオラの曲がクライマックスに入っていた。
アイドルのステージとは思えない、禍々しいステージ演出の中で、フィナーレを迎える。
「さあ、どうだろうね。それを知っているのは、2人だけだよ」
平行線のまま、話を締めくくる2人。
ボクが2人と知り合う前から、ずっとそうなのだろう。
「そうか……別に、恐れるコトも無いのかもな」
ボクの肩から、少しだけ力が抜けていた。
「そうね。確かに悪趣味な演出ではあるケド、これはこれで愉しめばいいのかも」
ユミアも、表情が緩んでいる。
「レアラーッ! ピオラーッ!」
「最ッ高のステージだぜ!」
「もっともっと、曲を聞かせてくれェ!」
観客席に押し寄せた、アイドルを崇拝する信者たち。
彼らは、アイドルたちが創り上げたステージを、心の底から愉しんでいるのだろう。
「そう思うと、洗脳じゃ無くてこれは……」
「熱狂ってところかしらね」
人の身体を手に入れた2人のAIは、中央ステージに舞い降りる。
『これで、悪魔の偉大さが理解できたかしら?』
レアラが観客席に問いかけると、様々な肯定の声が入り混じって響いた。
『でも、そろそろ悪魔も飽きちゃった。みんなも、そう思わない?』
ピオラの質問に、やはり賛同の声援がドームの中を駆け巡る。
『それじゃ、次のを行きましょうか!』
『やっぱアイドルらしい、華やかなステージにしてあげる!』
閃光が飛び交い、ステージに真っ白な花火が吹き上った。
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