悪魔の所業
部屋には、ボクが収監されていた房には無かった、小さな窓があった。
「純血種(ピュア・ブラッド)か。おおよその想像は、付くな」
窓の外では、止まない黒い雨が降り続き、時折り稲光が見える。
「地球に住む人類の、純粋な血を残すためのモノ……ってところか?」
ボクは、2人に向って聞いた。
「ああ、そうだぜ。こんなになっちまった地球にこびり付く、干からびた老人どもの血が、そんなに高貴とも思えんがね」
「血と銘打ってはますが、遺伝情報と言った方が正しいわ」
黒乃も、自分の見解を表明する。
「人間に限らず、地球上の生命の多くは細胞にDNA情報を持っている。ここはその遺伝情報を、保管しているのか?」
「ええ、そうよ。要人の傷付いていないDNA情報を、未来へ残すための施設なのよ」
「要人の……ねえ。選民思想の塊みたいな、えげつない実験でも行なわれていそうだ」
ボクは言葉に、辛らつな嫌味を込めてしまっていた。
「オイ、アンタ。少しは、言葉を選んだら……」
「まったく、その通りよ」
ギムレットさんの指摘を、黒乃が強引に遮る。
「かつて地球にあった覇権国家の要人を中心に、DNA情報をデジタル化すると共に、彼らの細胞や精子・卵子なども冷凍管理しているわ」
「それって、どれくらい前からの話だい?」
「古くは20世紀。アメリカの冷凍保存の企業で、脳を保管していた人々が最初になるわ」
「20世紀って言ったら、ボクが生まれるよりも前じゃないか。人類はそんな昔から、冷凍保存なんて技術を使っていたんですか?」
「オレからすりゃあ、アンタも大して変わらんと思うがな」
ギムレットさんが、真っ当な指摘をした。
「それにしても、千年も前の脳から、よく遺伝情報が抽出できましたね?」
「少なくとも蚊の化石のDNAから、恐竜の遺伝子を抽出するよりは現実的な話だと思うわよ」
「い、言われてみれば……恐竜なんて、1億年前の話だからな」
そう言えば、そんな映画もあったなと思い出すボク。
「ところでこの部屋には、意図して迷い込んだんですか?」
「まあな。ここに来るのも、姫様の1つの目的だろうからよ」
「姫様……って?」
ボクは、黒乃の方を見た。
クワトロテールの少女は、哀しい顔をしながらカプセルを見上げている。
「宇宙斗……わたしは、ここで生まれたのよ」
「……え?」
ボクは、自分の耳を疑った。
「でも、カプセルの中に居るコたちって、身体のどこかが無かったりとか、変形していたりとか……」
「遺伝子を組み替える実験を、幾度も繰り返した結果、偶然に上手く行ったのがわたしなのです」
1つ1つのカプセルの中の少年少女たちに、語りかけるように歩く黒乃。
「それじゃあ、このコたちは……キミを生み出すための礎となって、こんな姿に?」
「現在の地球の技術力(テクノロジー)は、あらゆる分野で火星に大きく劣るのです。火星に助力を請えば、こんな結果にはならなかったでしょう」
「ムリな放射能対応や、自然適応力の向上を図った結果、裏目に出てしまったのが彼らさ。現在の地球の法律上、死ぬコトも許されずこうした姿のまま、カプセルの中で生き永らえている」
「カプセルの中で……生き永らえる……ですか」
冷凍睡眠カプセルの中で、1000年もの間引き籠ったボクは、彼らに共感を覚る。
「そんな中で生まれた稀有な成功例である姫様を、地球の為政者らは、ディー・コンセンテスのミネルヴァとして火星に送り込んだのさ。地球の権威の、象徴としてな」
ボクは、為政者とやらの考えは解らない。
けれども地球の為政者たちは、こうした未来を望んだのだ。
「ここに、研究者って居ないんですか?」
部屋で働いているのはアーキテクターたちばかりで、人間の姿は見かけない。
「居たさ。だがヤツは、自分の研究に没頭する余りこの研究室を去り、宇宙に実験の場を求めた」
「その口ぶりだと、その研究者は人間なんですね?」
「ああ、そうさ。ここは、ヤツに放棄された実験場なんだ」
「そして、彼が残して行った実験の1つが、このコたちなのです」
背後から、黒乃の声がした。
「く、黒乃……そのコたちは!?」
振り返ると、黒乃が両脇に少女を抱えている。
1人は額に角を生やし背中に白い翼を持っており、もう1人は下半身がウロコに覆われた魚のようになっていた。
「ぺ、ペガサスとか、マーメイドみたいじゃないか!?」
その瞬間、稲光が煌めく。
「この施設の主だった男は、神の領域に手をそめたのです」
雷鳴が、研究室に轟いた。
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