人間とコンピューター
「オイ、なにやってんだ。相変わらず音楽のコトとなると、お前は……」
ボクは、ライブ音響に張り付いてる、友人に向かって言った。
「おお、ワリィワリィ。ついな」
頭をポリポリと掻きながら、近づいて来る友人。
思えば出会った時から、『落ち着き』とは縁遠いヤツだった。
「しっかし流石は天下のユークリッドさまだけあって、良い機材使ってらっしゃるぜ」
友人が言った通り、まだセッティングが完了していないステージには、配線がたくさん付きっ刺さったイコライザーや、巨大なアンプやスピーカーなどが至るところに並べられている。
「ねえ、ひょっとして先生のお友だち?」
「そうだな、カトル。大学時代の腐れ縁ってヤツだ」
「ボクはルクスだよ!」
アイドル衣装を着た、双子姉妹の片方が怒った。
「いやあ、スマンスマン。天空教室の制服姿だと、多少は見分けが付くようになって来たんだが、普段と違う衣装や髪形だとどうもな」
「ウソばっかり。こないだ、ルクスと髪形をとっかえて授業に出たケド……」
「ぜんっぜん、気づいてなかったジャン!」
「ス、スマン。ぜんぜん気づかなかったよ」
それは無茶だろうと思いつつも、平伏するボク。
「まあそうよね。アタシだって、たまに間違えちゃうモン。同じ双子でも、アロアとメロエって全然見分けが付くのに、カトルとルクスってホントそっくりだから」
ユミアが、フォローなのか本心なのか、口添えてくれた。
「ボクたちは、一卵性双生児だからね」
「アロアたちは違うのか?」
「ウン。本人たちに聴いたら、そう言ってた」
「つまりわたし達の下僕(しもべ)は、遺伝子レベルでも同じと言うコトかしら」
「わたしたちと、大して変わらないのね」
ボクとユミアの肩に乗っていた2体の人形が、元の居場所に帰りながら言った。
「だ・れ・が、下僕だ!」
「大体キミたちは、元は1人だったのが別れたんじゃ……ア!?」
レアラとピオラに反論したルクスが、声を詰まらせる。
「アナタたちも、母親のお腹の中では1つの受精卵だったのでしょう?」
「それが2つに別れて、それぞれ細胞分裂を繰り返したのが今の姿なのだわ」
「なんだかそれだと、アメーバみたいじゃん!」
「失礼しちゃうな、まったく!」
相変わらず、人形の手の平の上で踊らされる2人。
「なあ、この人形って、アレだろ。例の電波塔ジャック事件で、公共の電波を乗っ取って強攻ライブした……」
「まあそうだな。あの時は、ホトホト手を焼かされたよ」
失踪したレアラとピオラを探して、街中を駆けずり回った記憶が甦る。
「あんなモノは、ビックデータを得るための実験に過ぎないのよ」
「ビックデータって……なんのための?」
「短期的には、ライブを成功させるためのデータね」
「長期的には?」
「もちろん、わたしたちが『人間』になるための、データなのだわ」
ユミアの質問に、2体の人形はそう答えた。
「人間って、コンピューターが人間になれるのか?」
「さあ、それはどうかしらね」
「少なくとも久慈樹の目標は、そこにあるわ」
「久慈樹って……社長呼び捨てかよ!」
レアラとピオラの言葉に、驚きまくる悪友。
けれどもボクは、2人の言葉の内容が気になった。
久慈樹社長は前に、生徒たちを巻き込む壮大な実験について語った。
実験の内容や目的までは教えてくれなかったが、もしかして……。
「なあ、急に黙りこくってどうしたんだよ?」
目の前に、友人の顔があった。
「イ、イヤ、なんでもないよ。それよりどうした?」
「マジで聞いてなかったのかよ。この2人って、ヤバいくらい自分たちの歌う曲創ってんだよな?」
「レアラとピオラのコトか。まあ、そうだな……ってか、元々お前が言ってただろ」
「細かいコトは、良いんだよ。オレも、曲創りのアドバイス貰おうかと思ってさ」
「に、人形のコンピューターにか?」
「それは、人間の傲慢と言うのだわ」
「今の時代、人間は色々な問題の答えを、コンピューターに聴いているのよ」
「い、言われてみれば。電卓とか、喋りかけると答えてくれるヤツとか?」
「ホントお前って、デジタルはダメなのな。オレのやってるDTMだって、コンピューター無しじゃ成立しないぜ」
「動画編集にしても、そうよ。動画の圧縮技術なんかは、静止画の圧縮方式を時系列でも行ってるって言う。人間じゃ気の遠くなるくらい難解で雑多な作業を、コンピューターは高速でこなしてくれているんだから」
ボクは改めて今の時代、作業の多くをコンピューターに頼っているコトを実感した。
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