フライング・ボレー
「まずは、テクニックで勝負だ!」
カズマの名前を借りたロランが、右脚のつま先で小さなダブルタッチをして、倉崎を抜こうとした。
「それだけか?」
けれども倉崎は、ロランが外側に払って切り返したボールに、脚を合わせる。
「流石だね。じゃあ、こんなのはどう?」
素早く脚を引く、ロラン。
ボールは倉崎の脚によって押し出され、左側へと流れて行った。
「まさかこれを、狙っていたんじゃ無いだろうな?」
「どうだろう。予測はしていたかな」
ロランをサポートして走っていた、紅華の足元へと転がるボール。
「クレハナ、そのままサイドに開いて、クロスを上げてくれ!」
「ヘイヘイ……たく!」
紅華はピンク色の髪を靡かせ、右のサイドギリギリをドリブルする。
「おらよ、こんな感じか?」
左センターバックの亜紗梨(あさり)が、プレッシャーをかけに出てくると、当たる寸前に左のアウトサイドキックで、クロスを上げた。
「コースが甘いぜ。クリアだ、龍丸の旦那!」
「応、悪意は撃ち滅ぼす!」
デッドエンド・ボーイズのレギュラーセンターバックである、野洲田(やすだ)、龍丸の2人の壁は高く、紅華のアーリー気味のクロスをクリアするかに見えた。
けれどもボールは、センターバックから遠ざかるようにマイナスに曲がる。
「な、なにィ……ボールが、逃げて行くだとォ!?」
「こ、これは恐らく、ロスチャイルドの陰謀!!」
「チゲーだろ!!」
「大したテクニックじゃないか、クレハナ。左のアウトで上げっるって、ブラジル人かよ、お前」
ボールは、ロランの目の前に落ちて来た。
「これはこれは、久しぶりに本気の勝負ができそうですね」
2枚のセンターバックの真ん中から、突然黒いビブスの選手が飛び出して来て、ボールをカットする。
「なんだとォ。お前は確か、シバ。ゴールの外側を巻いてくる、シュートを撃つヤツだ」
ロランはすぐさま、柴芭のロングシュートを警戒してプレッシャーに行く。
「なんの躊躇もなく、ボクに向って来ますか。見事なモノですね。迷いのない判断……サッカーと言うスポーツでは、最善の1手なのでしょう」
相手を褒めつつ柴芭は、ボールキープを開始した。
「まずは、お前からボールを奪う。倉崎との勝負は、それからだ」
「何故なら、迷いによる時間のロスは、サッカーにおいては致命的になる場合がほとんどだからです」
華麗なテクニックを持つ2人が、ゴール前のバイタルエリア付近で激突する。
「ヘェ。お前、シュートだけじゃないんだ。倉崎がこのチームで、最も完成された選手って言ってたケド、過大評価じゃないらしいな」
「詩咲 露欄(しざき ロラン)。キミが、どうして御剣くんに成りすましているのかは知りませんが、流石ですね。ボクのシュートを一回見ただけでコピーする辺り、大したモノです」
互いに褒め合ってはいるが、相手の会話に答えようともしない。
2人の一騎打ちは30秒ホド続いたが、柴芭が得意のヒールキックでボールを後ろに戻した。
「ナイス判断だ、柴芭!」
センターバックの龍丸が、バックパスを大きく前へと蹴り出す。
爆発的なキック力で飛ばされたボールは、逆サイドのゴール前まで飛んだ。
「マズイ、小さなコートだから、一瞬で攻守が入れ替わる!」
ロランは慌てて振り返るも、すでにボールは倉崎の頭上へと落ちて来ていた。
「クッソ、間に合わない!」
「一瞬で、抜け出された!」
「服を、引っ張るんだ!」
慌てて倉崎の背中を追う、汰依(たい)、蘇禰(そね)、那胡(なこ)の、3人のバイプレーヤー。
彼らのサッカーセンスを軽々と上回った男は、ユニホームすら掴ませず、宙へと舞い上がる。
「あ……アレが……」
ロランは、見惚れる他に無かった。
空を舞う、14番の背番号を。
「倉崎 世叛の、フライング・ボレー」
空中で捕らえられたボールは、無人のゴールに吸い込まれて行った。
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