シュート練習
「ロラン、キミの用件は理解した」
倉崎 世叛が、目の前のソファに座った男に向かって言った。
「スミマセン、迷惑をかけてしまって」
「イヤ。その台詞は、静岡に居る一馬に言ってやってくれ」
「そ、そうですよね。彼に会ったときは、まるで鏡でも見てるみたいで、神の助けとばかりに身代わりにしてしまいました」
申しワケ無さそうに俯(うつむ)く、ロラン。
「確かにキミは、一馬にソックリだからな。気持ちは、解らんでは無い」
「彼には、問題が解決したらキッチリと謝るつもりです」
ロランの真剣な顔に、倉崎はため息を吐くと、応接室の入り口に立った。
「どうだ、ロラン。ボールを蹴って行かないか。アイツらも、練習場で待ってる」
「でもオレには、時間が……」
「焦ったところで、キミの問題が解決するワケじゃないだろう。それに、アイツらを練習に誘ったのは一馬、お前じゃないか」
「……え?」
倉崎に言われ、ハッとするロラン。
「そうでしたね、今のオレはカズマ。自分で、言っていたのに忘れてました」
ロランも、ソファーから立ち上がる。
2人はジャージに着替えると、チームメイトの待つ河川敷の練習場へと向かった。
「オッ、一馬のヤツ、やっと来たぜ。倉崎さんと、なに話してたんだ?」
腕を組んで考える、黒浪。
「お前、まだ気付いてないんか。まァ良いケドよ」
「ア、なにがだ、ピンク頭?」
「なんでもねェよ」
「黒浪、紅華、もう練習は始まってるね。喋ってないで、パス回すよ」
セルディオス監督が、2人の背後にロングボールを蹴る。
「うわあ、どこ蹴ってんだよ」
「向こう、行ってろってか……ったく」
黒浪と紅華は、飛ばされたボールに追いつくと、その場でパス回しを始めた。
「一馬、お前も紅華と黒浪に混じって、パス練習に加われ」
「は、はい」
言われるがままに、2人と合流するロラン。
「倉崎、話は着いたね?」
「ええ、まあそれなりに。それより一馬も、試合に参加させたいんですが」
セルディオス監督に、確認を取る倉崎オーナー。
「ミニゲーム、やるつもりね。でも、キーパーが居ないね」
「イヤ、居るでしょうがよ。オレが!」
メタボなキーパーが、反論する。
「あのね、海馬。居ても居なくても変わらないキーパーなんて、居ないのと同じよ。一体2試合で、何点取られたと思ってるね?」
「そ、それはその……」
「ミニゲームは、キーパー無しで行くね」
「そんな。それじゃオレは、なにをすれば?」
「海馬はまず、体重を落とすよ。河べりをランニング、走って来るね」
メタボなキーパーは、大量の愚痴をこぼしつつ、川沿いのランニングコースを走り始めた。
「さて、さっきの注文だケド、ムリね。静岡に居る一馬を、どうやって連れて来るね?」
「やはり、気付かれてましたか」
「ボールの持ち方や蹴り方見て、確信したね。アレは、一馬じゃないよ」
紅華や黒浪と共に、三角パスをするロランを見る、セルディオス監督。
「雪峰や柴芭にも、気付かれてしまいました」
「紅華も、気付いてるね。試合なんかすれば、もっと気付かれるよ」
「いずれは、バレるコトですからね。それより、彼のプレースタイルを見てみたいんですよ」
倉崎の真意を聞き、ほくそ笑むメタボ監督。
「なるホド、分かったよ。本来の彼は、エトワールアンフィニーSIZUOKAの中心選手。実力を知る、良い機会ね」
チームは軽いパス回しの後、シュート練習に入る。
ゴールキーパーの居ないネットに、次々に吸い込まれるボールたち。
「どうだ、一馬。ウチの練習風景は?」
倉崎が、ロランに聞いた。
「そうですね。ランニングより前に、シュート練習から入るんですね」
「ああ、シュートは正確に枠に入れるのが当然だからな。疲れた状態で撃って、枠を外しまくる練習なんてしないってのが、監督の方針なんだ」
「相変わらずですね、セルディオス監督は」
「なんだ。セルディオス監督を、知ってるのか?」
「小学生の頃、オレやオリビの居たチームに、臨時コーチとして教えに来てくれたんですよ」
「なるホドな。次、お前の番だぞ」
「解ってますよ、倉崎さん」
ロランは紅華が出した、やや浮き球のボールに走り込む。
右足でジャストタイミングに捕らえたボールは、ゴールの左隅ギリギリに決まった。
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