1000年後の地球
「ホントにこれが、地球……ボクが眠っていた1000年の間に、何があったと言うんだ!?」
ボクは未だに、その場所が地球だとは信じきれないでいた。
「紛れもなく、現在の地球です。何千発の核弾頭ミサイルが飛び交った第三次世界大戦によって、大地も大気も汚染され、著しく荒廃してしまいました」
フライトユニットは、地球の大気圏に入ると水平飛行へと移行し、徐々に高度を下げる。
黒い積乱雲に突入すると、稲光があちこちで輝いていた。
「地球は今、取り返しの付かない環境破壊によって、気候が変動してしまったのです」
ミネルヴァさんである、時澤 黒乃が呟く。
フライトユニットはさらに高度を下げ、黒い積乱雲の下に出ると、滝のような雨が降っていた。
ゼーレシオンの機体にも、激しい雨が叩きつけられる。
「雨が……黒い?」
「今の時代の雨は、大気中の放射能やおびただしい量の科学物質が付着し、地上へと降り注ぐのです」
「これじゃ、生身で外になんか出られない」
「だから、サブスタンサーで地球に降下しのです」
「こんな大気じゃ、農作物なんて育たないですよね?」
「現在では土が無くとも、水耕栽培で育てられる植物は大量にあります」
「人類はすでに、食糧問題を克服したんでしたね」
「ですが地球に住む人間は、日の光を見るコトはなくなりました」
「え、雨が止めば、太陽が出るんじゃ?」
「温室効果ガスが、それを阻んでいるのです」
「確か、二酸化炭素ですよね」
「いいえ、メタンです」
「メタン……そう言えばニュースで、聞いたコトがあるような」
「かつての時代では、その程度の認識だったのでしょうね」
ゼ―レシオンの触角を通じて聞こえる黒乃の声が、冷ややかに聞こえる。
「メタンはメタンハイドレートとして、海中やシベリアなどに埋蔵されておりました。それが人類の生産活動を起因とする地球の温暖化によって、大気中に放出され始めたのです」
フライトユニットの下方に、小さな陸地が見えて来た。
陸地は徐々に大きさを増し、ゆっくりと近づいて来る。
「二酸化炭素の25倍もの温室効果をもたらすメタンが放出されたコトで、地球はさらなる温暖化を呼び、それによってさらなるメタンが放出されると言う悪循環に陥りました」
「ボクの生きた頃の人類は、悪循環を止められなかったんですか!?」
他人事のように言っているが、ボクも責任の一端を担わなければならない人類の1人だった。
「気付くのが、遅すぎました。メタンと温暖化の悪循環は、すでに人類の手には負えない状況にまで来ていたのです。地球の自然サイクルの暴走を、当時の人類に止める術はありませんでした」
黒乃の言葉は、衝撃だった。
ボクらの時代の人類の営みが、地球の環境そのものを崩壊させたからだ。
「今、何処へ向かっているか、お気づきですか?」
「え、全然見当も付きません」
日の光の届かない薄暗がりの向こうに見えて来た陸地に、見覚えは無かった。
「日本です」
「に、日本って!?」
1000年前の天気図などで見た日本とは、思えない小さな陸地に驚愕する。
「国としての日本は滅びましたが、陸地はある程度残っているのです。ですが東京や大阪といった大都市も、大半の陸地が温暖化の影響で水没してしまいました」
フライトユニットは、陸地の中に見えて来た都市に向っていた。
「この辺りの陸地は1000年前、八王子と呼ばれていました。対岸に見える島は、千葉と呼ばれていたそうです」
ボクは田舎のしがない地方都市が出身なので、東京の地形は詳しく無かったが、東京の23区はほぼ水没し、千葉のある房総半島は島になってしまった。
「1000年後の日本は、こんな姿になってしまったのか……」
ゼーレシオンの中で、意気消沈するボクをのせたフライトユニットは、かつて八王子と呼ばれた都市へと吸い込まれて行った。
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