蒼く輝く惑星
テル・セー・ウス号が率いる半個艦隊は、謎の艦隊による包囲網を突破し、地球へと向けた航路を順調に進んでいる。
「宇宙斗艦長、そろそろ地球が視認できます」
オペレーター席のメラニッペ―が、ボクの方を振り返った。
その向こうには、蒼い惑星が輝いている。
「ミネルヴァさん。どうして貴女は、ボクを地球に連れて行きたいと考えているのです?」
「お忘れですか。今のわたくしは、時澤 黒乃なのですよ」
ボクはあえて、ミネルヴァさんと呼んだのだが、怒られてしまった。
「謎の艦隊を振り切ったと言うのに、まだ警戒する必要があるってコトですか?」
「ええ、むしろ地球に降下してからが、本番なのです」
「ですが黒乃は、地球圏の代表でしょう?」
「代表とはその名の通り、組織なり管轄するエリアなりの代表なのです。それ以上でも、それ以下でもありません」
「それじゃあ貴女は、地球の最高権力者では無いと?」
「わたくしは地球で決定された意思を、ディー・コンセンテスでより多く反映させるために火星に派遣された、エージェントのようなモノです」
そう言うと黒乃は、ブリッジを後にする。
ボクも、彼女の背中を追った。
「地球には、サブスタンサーで降ります。わたくしと共に、大気圏突入用のフライトユニットに乗って下さい。カタパルトより、射出されます」
「この艦には、大気圏突入能力は無いのですか?」
「今の時代の艦は、小型の宇宙艇を除きございません」
「それは、意外ですね」
ボクと黒乃は、テル・セー・ウス号の格納庫へと向かう。
「地球の重力は、火星や月など比べものになりません。艦艇のような巨大質量を打ち上げるエネルギーなど、地球にはあまり残されておりませんので」
黒乃の口から発せられる言葉は、どれもネガティブなモノばかりだった。
「地球への降下は、危険を伴います。フライトユニットのAIに、全て任せる感じでお願い致します」
ハンガーにはゼーレシオンと、シャラー・アダドが立っており、カタパルトにはフライトユニットも乗せられている。
「解りました。軌道や侵入角の計算は、フライトユニットがしてくれるんですね」
「ええ。では、行きます」
2機のサブスタンサーを横並びで固定したフライトユニットは、宇宙空間へと飛び立った。
アメリカの月探査計画で使われたロケットの様な形状のフライトユニットは、テル・セー・ウス号中央部のカタパルトから射出されると、蒼い星に向かって飛んで行く。
「防護シールドを展開します。視界が遮られますが、スペースデブリ(宇宙ゴミ)の、危険地帯(デンジャラスゾーン)に入っておりますので」
2つの機体それぞれを、金属の防護シールドが覆った。
ゼーレシオンの巨大な目を持ってしても、星空すら見えなくなってしまう。
「了解です。でも、地球からこんなに離れていても、デブリが存在するんですね」
「人類が宇宙に進出を始めた、初期段階のロケットの残骸や、戦争によって破壊された宇宙ステーション……ゴミと言っても、内容は様々です」
「考えて見れば、人類が宇宙に出る最初の難関が、地球の大気圏だったんですね」
ボクは今、地球の大気圏に突入しようとしていた。
次第にフライトユニットの温度が上昇し、ガタガタと音を立て揺れ始める。
「大気圏に、入ります」
「りょ、了解です」
もはや後戻りはできず、覚悟を決めるしかなかった。
ゼーレシオンの目の前の、防護シールドが赤く染まって行く。
地球の重力に引き寄せられる感覚を、ボクは味わった。
「大気圏突入、成功です。フライトユニットは、大気圏内航行モードに意向しました」
ゼーレシオンの触角が、黒乃の声を捉える。
「フウ、これでやっと、美しい地球の景色を見られるんですね」
余裕が生まれ、少し軽口を叩くボク。
「どうでしょう……艦長の目には、これが美しい景色に見えますか?」
「え?」
黒乃の意外な言葉に耳を疑った。
フライトユニットの防護シールドが閉じ、ゼーレシオンの視界が地球の空を捉える。
「こ……これが地球!?」
ボクの脳が受け取った映像(ビジョン)は、淀んだ紫色の空の下に巨大な黒い雲が渦巻き、黄色く汚れた大気が一面を覆う世界だった。
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