朧(おぼろ)の間
「へー、この浮遊都市を、ここで操っているのか」
部屋に入った金髪の少年が、好奇心旺盛な子供のように辺りを見回す。
漆黒の金属の壁や床で覆われた部屋には、各所にオレンジ色の線が光っていた。
天井は高く、入った右方向に向かって階段状に降っている。
降った先には、回転式の椅子が幾つも並び、中央部の一段高い場所には、豪奢な椅子が1脚だけあった。
「差し詰めあそこが、玉座といったところかな。そして、家臣があの辺りの椅子に座って、王に戦況報告でもするんだろう?」
『ここは、アト・ラティアの中枢制御室だ。王などが、直に来られる場所ではない。もっとも1万年前の戦争で、沈黙したままだがな』
黄金の戦士ラ・ラーンが、サタナトスに告げる。
「結局は、ボクの剣と同じく動かないままってコトかい。それにしても人間は、1万年前から戦争をしていたんだな。普段は正義ヅラしておきながら、破滅的な戦争を繰り返す、悪魔も顔負けの存在だよ」
『その悪魔とやらも、人間の科学で生み出されたモノじゃがな。キヒヒ……』
マ・ニアが、ハスキーな声で笑った。
「カガクってモノが、ボクには理解し難いのだケドね。つまりはボクら魔族も、人間どもによって造られた存在ってコトかな?」
不服そうな顔で問いかける、金髪の少年。
『それは、朧(おぼろ)の間に入れば解るコトでしょう』
女神を思わせる銀色の鎧姿をした、トゥーラ・ンが告げる。
「サタナトス……貴方はアト・ラティアの王となる資格を持つ者として、朧の間へ入って頂きます」
クシィーが、部屋の中央部にある豪奢な椅子を取り囲むように配された、パネルに触れた。
「な……これはッ!?」
すると、薄暗かった部屋の壁のあちこちで、丸や四角の形をした照明が灯る。
「わたくしが解放できるのは、ここまでです」
「これでも全てを、解放していないっていうのかい、クシィ―?」
「所詮わたくしは、クシィ―王女の記憶のコピーに過ぎませんから」
栗毛の少女は、豪奢な席から立ち上がると、席の背後の壁に向かって歩き始めた。
「これも、エレベーターとやらなのかい?」
「先ほど、起動させました。こちらへ……」
エレベーターへは、サタナトスとパレアナだけが乗り込む。
「ボクとキミだけにして、ヤツら心配じゃないのか?」
「中枢部が起動した今、恐らく貴方はわたくしに、なにもできないでしょう」
「そうかい。ま、なにもするつもりも、無かったケドね」
エレベーターは、上昇を開始した。
「ここが……朧の間とやらか?」
エレベーターを降りた2人の目の前に、大きな金属の扉がある。
「ええ。まずはアナタの剣を、扉にかざしてください」
「ボクの、プート・サタナティスを……」
言われた通りに剣をかざすと、扉は上下左右に分割され、床や壁、天井へと引っ込んだ。
「随分と、変った開き方をする扉だね」
クシィ―に話しかけた、サタナトス。
けれども彼女は、そそくさと部屋の中へと入って行ってしまう。
「部屋の中は球体なのか。壁がまるで、鏡みたいになってるし」
「朧の間は、フォログラムを投影する部屋ですからね」
「ヤレヤレ、ボクに解らない言葉で、説明するのは勘弁してくれよ」
サタナトスは、部屋の中央部にまでやって来た。
すると、入って来た入り口が閉じ、完全なる球体に一体化する。
「システムを、起動します。準備は、よろしいですか」
「ああ、構わないよ。さて、どんなマジックが始まるのやら」
部屋の中央に立つ、パレアナの身体に憑依したクシィ―と、サタナトス。
2人を中心に広がる球体の壁面に、星空が映し出された。
「サタナトス……貴方は、アト・ラティアの王家の血を引く者なのです」
「へえ。このボクが、伝説の古代文明であるアト・ラティアの……ねえ」
「その証拠に貴方は、このアト・ラティアの王家が生み出した剣の主として、認められました」
「このプート・サタナティスは、アト・ラティアが生み出した剣だったのか?」
「はい。アト・ラティアの時代には、別の名前で呼ばれておりましたが、確かに貴方の剣は、アト・ラティアの科学力によって生み出された物なのです」
球体の部屋の壁面に、天空に浮かぶ都市の光景が映し出される。
宮殿の前を、行き交う人々。
そこには、活気ある街の光景が映されていた。
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