履行されるアステカの予言
頭の中で、怪しい太鼓の音が鳴り響く。
ボクは、目を閉じているのだろうか。
暗い目蓋(まぶた)の内側に、炎が揺らいでいる。
「第1の太陽のとき、父ドス・サントスは、黒のテスカトリポカとなって覇を唱えた。人々は巨人となって戦い、大地に血が満ち屍(しかばね)が転がった」
石棺の上に寝ているボクの隣に、茶色とピンク色の髪を編み込んだショチケが現れて言った。
……ボクの脳裏に、リアルな映像が浮かぶ。
時の魔女の手下たちと戦闘を繰り広げる、機構人形(アーキテクター)やサブスタンサーの大軍。
第3次世界大戦で、互いに争い滅ぼし合った人類。
その後に起こった、時の魔女との戦争で人類は劣勢を極め、屍(しかばね)を累々と築いた。
「第1の太陽が海に没し、第2の太陽として復活を遂げた父ドス・サントスは、ケツァルコアトルとなって覇を唱えた。人々は暴風雨に薙ぎ払われ、生き残った者たちもサルへと変貌した」
石棺の反対側に、黒髪を編み込んだ長いポニーテールにアクセサリーを散りばめる、マクイが現れてボクに告げる。
今度の映像は、地球の急激な環境悪化だった。
2度の大戦での核兵器や化学兵器の使用で、再生不能にまで汚れ破壊された地球環境。
多くの人々が母なる地球を捨て、宇宙へと進出し、月や火星、コロニーへと移り住む。
残された人々は、考えるコトをゲーなどの量子コンピューターに任せてしまった。
「第2の太陽が没し、第3の太陽として復活を遂げた父ドス・サントスは、トラロックとなって平和をもたらした。けれどもケツァルコアトルが現れて、天から火の雨を降らせ、トラロックを太陽の座から引き摺り下ろした」
金髪(ブロンド)の長髪を、左右に垂らして編み込んだ、チピリが現れ言った。
「な……なんだ? ゼーレシオン?」
地球の衛星軌道上に現れた、黒い影。
ケツァルコアトル・ゼーレシオンと思われる黒いサブスタンサーは、地球全体に隕石の雨を降らす。
隕石の直撃を受け、消滅して行く地球に残された人々。
その1つが北アメリカのセノーテを襲い、真っ白になって蒸発してしまうドス・サントス代表。
「イヤ、違うな……ケツァルコアトル・ゼーレシオンか?」
影ははっきりとはしなかったが、ボクはそれがボク自身のサブスタンサーであると認識した。
セノーテ地下空間で、大グモや大ザルを相手に戦いを繰り広げる、ジャッカルの頭のサブスタンサー。
水の羽衣を纏(まと)ったサブスタンサーや、溶岩のドレスを身に着けたサブスタンサーも、大サギや大ハチドリに応戦している。
「3姉妹が語っているのは、アステカの創世神話だろうか?」
正直、ボクはアステカ神話に、そこまで詳しくは無い。
更に下の階層では、災害から逃れた人々がドームに集い、クワトロテールのサブスタンサーがそれを守護していた。
ドームの外では、蒼い鳥人のサブスタンサーが汚水の巨人と戦っている。
「これは……夢?」
ボクは、自身に問いかけた。
けれども、返答も返って来なければ、夢から覚める気配も無い。
「それにしてもボクは、宇宙ドッグ(コキュートス)の中にあるバーの酒で酔い潰れて、自室のベッドで寝てしまったのだろうか?」
もしかすると、バルザック・アイン大佐が運んでくれたのかも知れなかった。
「いい加減、夢から覚めないと……」
ボクは、身体を起こそうとするが、石棺の上から動くコトが出来無い。
それどころか、目蓋を開けるコトすらままならなかった。
「トラロックが滅んだ今、太陽は次の世代へと移ろうとしている」
「新たなる世界が、新たなる太陽を求めているのだ」
「さあ、古き太陽よ。新たなる太陽の、生贄(いけにえ)となるがいい」
ショチケ、マクイ、チピリの3姉妹は、ボクの心臓に黒曜石のナイフを突き立てた。
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