テスカトリポカ・バル・クォーダ
天井を支える網目状の構造物の隙間から、セノーテの巨大な水槽の底辺が覗いている。
周りを見渡すと、円形の巨大な空間の壁に、トンネルらしき穴がいくつも空いていた。
「この先が、新たなセノーテの予定地ですか?」
ケツァルコアトル・ゼーレシオンが、ボクの声で問いかける。
「ああ、そうだ。トンネルは、網目状に張り巡らされている。暴れているアーキテクターが居るのは、このトンネルを抜けた先だぜ」
ドス・サントスさんの操るトラロック・ヌアルピリが、1つのトンネルを指し示した。
「その暴れているアーキテクターとは、どんな感じのヤツなんです?」
「悪ィが、オレが見たワケじゃないんでな。アンタの娘たちに、直接聞いてくれねェか」
そう言われたボクは、ゼーレシオンの頭を娘たちのサブスタンサーに向ける。
「甲冑に身を包んだ、やたらと硬いヤツらだったよ」
「しかも、ライフルを持ってやがってさ」
「こっちの射程の範囲外から、攻撃して来やがったんだ」
セシル、セレネ、セリス・ムラクモが、口火を切って答えてくれた。
「アウトレンジ攻撃ってやつか」
アウトレンジ(射程外)の名前の通り、敵の射程外から一方的に攻撃ができるコトを指す攻撃法。
つまり娘たちの部隊の前衛は、敵から一方的に攻撃されて壊滅したと言うコトだ。
「ああ、そうだよ。しかも数も、ハンパないくらいに居やがってさ」
「ウチの前衛も、近づく前に集中砲火を喰らってね」
「各個撃破で、次々にやられちまったのさ」
マレナ、マイテ、マノラ・ムラクモの3姉妹が、新たな情報をくれる。
けれども任務遂行が、極めて厳しいと言う内容を補完する モノばかりだった。
「相手は一体、どこの所属の機体なんだ?」
「機体の感じからすると、ヨーロッパの機体だね」
「モチロン未確認の新鋭機だったから、絶対とは言えないケドさ」
「セノーテの掘削装置が破壊されちまう前に、なんとか奪還しないと行けないんだよ」
シエラ、シリカ、シーヤ・ムラクモの3姉妹も、切迫した状況を伝える。
「ま、とにかくよ。とっととなんとかするしか、ねェってこった」
プリズナーの粗暴な声と共に、トンネルの1つからドクロの顔を持ったサブスタンサーが現れた。
「プ、プリズナー……その姿は!」
ボクの前に現れたバル・クォーダは、普段のそれとは様相が異なっている。
ドクロの頭部には、インディアンの被る羽飾りのような装飾が、背中から地面に付くホドに長く垂れ、全身に刺青を思わせる文様が青白く光っていた。
ベスト型の胸アーマーと、フンドシ型の腰アーマーを身に付け、両腕には戦斧を持っている。
「さしずめ、テスカトリポカ・バル・クォーダってところか。なあ、宇宙斗艦長よ」
ボクの命名を聞いていたのか、プリズナーはおどけて言った。
「これも、追加装備なんですか?」
「ああ、そうだぜ。メルクリウス氏の、提案を受けてな。作らせて置いたのさ」
ドス・サントスさんの、豪快な笑い声が聞こえる。
「火星での一件があってから、ボクもボクなりに動いてましてね。マーズ(火星)に対抗しうるのは、やはり地球でしょう。宇宙斗艦長が地球に降下されるのも、ある程度の予見が出来ていたのですよ」
メルクリウスさんのサブスタンサーである、テオ・フラストーがまた別のトンネルから現れた。
「元々、死神みてーなサブスタンサーだったがよ。より一層、死神らしくなっちまったぜ」
「お気に召しませんでしたか、プリズナー」
「イヤ、お前にしちゃあ、中々のセンスだ。気に入ったぜ」
テスカトリポカ・バル・クォーダは、両手の戦斧を激しく打ち鳴らす。
「ところで、全員で奪還作戦を行うんですか?」
「いいえ、宇宙斗艦長。ボクとドス・サントス代表は、防御のためにここに残ります」
「ここを落とされちまったら、元も子も無ェからな」
「2機だけで、大丈夫なのかよ?」
「他に防衛部隊が居るし、心配は要らんぜ。このセノーテ自体も、防御兵器があるんでな」
「了解です……」
お互いに疑問点を出し合い情報をすり合わせると、ボクたちは作戦行動へと移行した。
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