ジャガーグヘレーラー
「この翼は、飛べるんですか?」
ケツァルコアトル・ゼーレシオンと一体となったボクは、背中に着いた翼の生えた蛇を確認する。
「飛べるっつっても、滑空程度だがな。ま、翼自体に強度と防御性能があるから、盾としても使えるぜ」
ゼーレシオンの長いアンテナを通じて、聞こえるドス・サントスさんのがなり声。
「それで、スピードや敏捷性(アジリティ)とトレードオフとはね」
「他にも、切り離して偵察や爆撃にも使えるな。ソイツ単体なら、普通に飛行は可能だからよ」
「ホントですか。でも、どうやってコントロールするんです?」
「ケツァルは、切り離せば独自の判断で行動するぜ。命令も、ちゃんと聞くがよ」
「実戦の前に、1度試して置きたいのですが」
「悪ィが、ここじゃ狭すぎるぜ。セノーテの底にデカい空間があるから、そこで試してみな」
「了解です」
ケツァルコアトル・ゼーレシオンは、格納庫(ハンガー)を出て地下へと向かう。
吹き抜けのセノーテの底にある噴水の下には、死者たちも眠る巨大な貯水槽があって、さらにその下が巨大な空間となっていた。
「貯水槽の下に、広大な空間がどうしてあるんですか?」
地下空間だからか、ドス・サントスさんの返事が返って来ない。
「それは、アタシらが説明するよ」
「この空間は、黒い雨が流入したときに備えた、水の逃げ場なんだ」
「放射能や化学物質による汚染を、最小限にとどめるためのね」
セシル、セレネ、セリス・ムラクモが、代わりに答えてくれた。
「それが、お前たちのサブスタンサーか?」
3人を含む9人の娘たちは、ジャガーの頭をしたサブスタンサーに乗っている。
「ああ、そうだよ」
「ジャガーグヘレーラーってんだ」
「ウチらのルーツになった文明じゃ、ジャガーは神聖視されていたからね」
マレナ、マイテ、マノラ・ムラクモの3姉妹が言った文明とは、ユカタン半島に興った、オルメカやマヤ、アステカなどのコトだろう。
神聖視されたジャガーの頭を持ったサブスタンサーは、女性的なプロポーションをしており、下半身は鳥の羽が重なったようなデザインのミニスカートだった。
丸い盾に、伸縮機構のある槍を持ち、装甲の無い部分はジャガーの斑紋になっている。
「そんじゃ、オヤジ」
「さっそく、ソイツを飛ばしてみなよ」
「アタイらも、性能を見ときたいからさ」
末っ子であるチピリの娘の、シエラ、シリカ、シーヤ・ムラクモの3人が、我がままっぽく言った。
「わっかた。お前は、ケツァルっていうのか」
そう言うと、ゼーレシオンの背中から、白く長い蛇の首が伸びて来る。
「爬虫類は苦手ってホドでも無いが、こうして触ってると愛着も沸くな」
「なにやってんだよ、オヤジ」
「さっさと飛ばして」
「飛ぶとこ、早く見たいんだからさ」
「ハイハイ、わかったって。ホラ、飛べ……ケツァル」
巨人と一体となっているボクが、脳裏で飛ぶように念じると、ケツァルは白い大きな翼を広げて、広大な地下空間の天井へと舞い上がった。
「アハッ、飛んだ、飛んだ」
「けっこうスゴいスピードで、飛んでるね」
「音もしないし、偵察に使えるかもよ」
9体のジャガーの女戦士たちは、無邪気にはしゃいでいる。
「ああ、大体の性能は把握できた。戻って来い」
再び脳裏で念じると、ケツァルはゼーレシオンの背中へと戻って来て、装着された。
「遅くなっちまったな。性能の把握も、終わったみてェだな?」
ドス・サントスさんが、巨大な体躯のサブスタンサーに乗り込んでやって来る。
「それが、ドス・サントスさんの、サブスタンサーなんですか?」
「どうだ、デカいだろ。トラロック・ヌアルピリって名前だぜ」
「それって?」
「ああ。ウチの企業国家の名前、そのままだ」
ゲラゲラと笑うドス・サントスさんのサブスタンサーは、身体に比べアンバランスな巨大な黒い顔で、メガネくらいの大きな目を持っており、上唇からは無数の牙が垂れ下がっていた。
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