ヒルデとアイン
『では、次のチームを紹介いたしましょう。ヒルデ、頼むよ』
日高オーナーは、言った。
『Ich habe verstanden(わかりました)』
1人の女性が立ち上がって、聞き慣れない言葉で返す。
『わたくしは、1FC(エルストエフツェー)ウィッセンシャフトGIFUのオーナーに就任致しました、武柳 ヒルデ(ぶりゅう ヒルデ)と申します。以後、お見知りおきを……』
薄い色の金髪をした女性は、ゆっくりと頭を下げる。
その光景を流すテレビを、噛り付くように見るデッドエンド・ボーイズのメンバーたち。
「オ、オーナーって、女かよ!?」
「まあ、男がオーナーじゃ無きゃならんってのも、時代錯誤だしな。なあ、柴芭」
クロナミの言葉を否定するように、クレハナがシバという人物に話題を振った。
「ええ、そうですね。近年は女性の社会進出も、当たり前になって来てます。占い師の世界は元々女性も多かったのですが、マジシャンを志す女性も増えましたからね」
「そっかあ。オレさまも、千鳥さんならオーナーでもいいかな」
「オメーの場合、庭先の小屋に繋がれてそうだケドな」
「ガアア、なんだと、ピンク頭!?」
ケンカを始めてしまう、クロナミとクレハナ。
ロランはと言うと相変わらず、倉崎に腕を肩に掛けられ、窮屈そうに息をひそめている。
もう、ウィッセンシャフトの紹介か。
次は、ボクたちのチーム紹介だ。
悪いがカズマに、上手く切り抜けて貰わないと……。
「ン、一馬、なにか言ったか?」
「い、いえ、なんでもないです、倉崎さん。それより、会見の続きを!」
「あ、ああ。そうだったな」
ロランの必死の演技によって、皆の注目は再び薄型テレビに移った。
『ヒルデさん……先ほど話していた言葉は、もしかしてドイツ語ですか?』
記者の1人が、武柳 ヒルデに質問する。
『Du hast Recht(その通りです)。わたくしは、ハーフ。父はドイツ人で、母は日本人ですね』
優雅に長髪を掻き上げる、ヒルデ。
日本語の言葉は、どことなくぎこちなかった。
『わたくしは、ドイツで物理科学と経営学を学びました。父はサッカー好きで、子供の頃から地元のクラブの試合に、連れて行ってもらったのですよ』
『それで、サッカーチームのオーナーになられたのですね?』
『ところで、日高オーナーと知り合ったきっかけは?』
『日本には、住んでいたコトはあるのですか?』
『オーナーと知り合う以前に、岐阜の大学に留学生として在籍していたコトがあってですね。ドイツに帰国後その大学が、物理科学の研究施設と契約を結ぶと聞いて、日本に来ました』
とてもエネルギッシュに話す、ヒルデ。
すると日高オーナーが、マイクを取った。
『彼女が研究施設の見学に来ていたとき、偶然わたしと出会ったのですよ。ヒルデは見ての通り、好奇心旺盛な女性でしてね。新しく立ち上げるチームの話をしたら、とても興味を示してくれたんです』
『日高さん。選手紹介、いいですか。彼ら、待ちくたびれてマス!』
『おお、そうだったね。では、お願いするよ』
ペースを握られる日高オーナーに、記者席から笑いが起きる。
『まずは、カピテーン(キャプテン)の紹介ね。有夢 藍韻(あるむ アイン)、めちゃイケメンよ』
ヒルデが手を伸ばした先で、1人の男にスポットライトが落ちた。
『有夢 藍韻と申します。研究施設では、素粒子物理学に取り組む予定です』
切れ長の眼をした男性が、中指で眼鏡をクイッと上げながら答える。
『アイン、サッカーの話をして』
『そうですね。監督の戦術に従いチームを勝利へと導く。キャプテンとしての目標は、こんなところでしょうか』
「なんだか、愛想の悪いキャプテンだよな?」
クロナミが言った。
「だが彼は、とてつもなく優秀な人だぞ。日本の物理学を大いに発展させると期待されている、素晴らしい科学者なんだ」
「ど、ど~したよ、雪峰。お前にしちゃあ、珍しく熱くなって?」
「ス、スマンな。実はアインさんは、オレの目標とする人物でもあるんだ」
「目標……天才の、お前がか?」
「天才と言う言葉は、彼のためにある。オレなど、アインさんに比べれば足元にも及ばない」
「マジか。だけどそりゃ、科学者としての話だろう。サッカー選手としての実力は……」
「アインさんの在籍した高校や大学は、どれも一流のエリート校だ。サッカー部自体が、強かったワケじゃない。それでも当時から、サッカー関係者の注目を集めていた」
「そんなヤツがキャプテンのチームが、地域リーグに参戦ってか」
「なんだか、昇格できる気がしないんだケド」
「そんなコトは無いぞ、お前たち。みんな自分に、自信を持とうじゃないか」
倉崎 世叛は、弱小チームのオーナーとして必死だった。
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