歌って踊れるサッカーチーム
「まったくカーくんったら、最近は直ぐにどこか行っちゃうんだから」
ボクの愚痴を言いながら、奈央はボクの家のソファーに寝そべる。
テレビには、サッカーチームの記者会見の様子が、映り続けたままだった。
「カーくんも、居なくなっちゃったし、見るコト無いか……」
チャンネルを変えようと、リモコンに手を伸ばす栗毛の女のコ。
「ま、見てやるか。もしかしたら、亜紗梨さんも映ってるかもだし」
奈央はテーブルに、チャンネルリモコンを戻した。
『本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。わたくしは、『クラウド東京スカ―フェイス』のチームオーナー、日高と申します』
テレビの中では、背の高いクールな中年の男が、フラッシュを浴びながら会釈をする。
「なんだ。カーくんのチームじゃ、無いじゃん!」
奈央は、ソファーから起き上がった。
「でも日高ってオーナー、オジサンだけどメッチャかっこいい。なんか、俳優みたい」
『知っての通り我がチームは、東京をフランチャイズにした新興チームです。ですが、今後より一層サッカー文化の発展に貢献するため、新たなるチームを立ち上げる運びとなりました』
白い布のかけられたテーブルにズラリと並んだ、煌びやかなユニホームを纏った選手たち。
「うわァ、全員メチャクチャ美形じゃん。サッカーチームってイケメン多いイメージだケド、全員トップアイドルレベルじゃない?」
オーナーの左右や背後の選手たちに、釘付けの幼馴染み。
『日高オーナー。質問です』
記者の1人が立って、質問を投げかける。
『オーナーはこれまで、アイドル事務所を立ち上げ、成功に導きました。シャイ・ニー事務所は、年齢を問わず女性から圧倒的な支持を受け、日本で一番観客動員が見込める事務所でしょう』
「ああッ、やっぱこの人、俳優の日高 成瓢(ひだか せいひょう)じゃない!?」
ソファーから、身を乗り出す奈央。
『そんなオーナーが、関東の地域リーグに所属する小さなチームを買収し、公約通りに僅か5年でトップリーグに昇格させました。それだけでも大変な快挙だと思うのですが、この上セカンドチームまで作られる……と?』
『わたしにとって、過去ほど無意味なモノはありません。変えられない過去の栄光を振り返ったところで、退屈ですからね。ですが、未来は変えられる。わたしには、変えられる未来の方が遥かに興味があるのですよ』
『ですがオーナーは既に、サッカー界で名声を得ているではありませんか?』
別の記者が立ち上がって、質問した。
『いえいえ、とんでもない。まだ我がチームは、トップリーグのタイトルすら獲得していません。それに今回立ち上げるチームも、また違ったコンセプトを持っているのですよ』
『違ったコンセプト……とは?』
記者の質問に、ニヤリと微笑む日高オーナー。
『今回のチームのコンセプトは、歌って踊れるサッカーチームです』
オーナーの答えに、一瞬静まり返る記者会見場。
『い、言っている意味が……解らないのですが?』
『サッカーのセカンドチームの、話をされているのですよね?』
『もちろん、そうです。ですがわたしは、アイドルにも興味がある』
オーナーの言葉に、騒めき立つ会場。
訝(いぶか)し気に、互いに顔を見合わせる記者たち。
『いいですか、みなさん。彼らは全員、プロのテクニックを持ったサッカー選手であり、歌って踊れるアイドルなのです』
カメラが、並んだ選手1人1人の顔をアップで映し出す。
「ホ、ホントに全員、美形のアイドル顔だ。でもホントに、サッカー上手いのかな?」
奈央と同じ質問を、1人の記者が行った。
『もちろん、本職であるサッカー選手として才能のある人材を、集めました』
『で、では、彼らの歌の方は?』
『来月、デビューシングルが配信される予定ですよ』
オーナーの言葉が本気だと感じた記者席から、無数のフラッシュライトが煌めく。
再び、選手たちがアップで映し出された。
「アレ……席が1つ、空いてない?」
奈央は、記者会見場で誰も座ってない椅子を見つけていた。
~その頃、ボクはと言うと~
うおおお、ボ、ボク、誘拐されちゃう!?
ボクの両腕は、巨大な錠前みたいな2本の腕で、ガッチリとロックされている。
ど、どうしてボクなんかを、誘拐……待てよ?
もしかしてこの人たち、ボクじゃなくて、ボクにそっくりなロランを探してたんじゃ!?
「今なら、まだ間に合います。さ、乗って」
「シートベルト、締めますからね」
ボクは無理やり、車の後部座席に押し込まれていた。
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