弦班 有馬(つるはん アルマ)
貰った名刺を財布に仕舞っていると、脱ぎ捨てたズボンに入ってるスマホが震えた。
「……モ、 モシモシ……」
周りを確認しながら、小さな声でスマホに話しかける。
「うわッ、やっと出た。カーくん、いきなり居なくなっちゃって、今どこに居るのよ!」
聞き慣れた幼馴染みの声に、ボクはけっこうホッとした。
「い、今……静岡だケド」
「静岡ァ、なんでそんなトコに居るのよ。ってか、テレビでやってたサッカーチームの記者会見に出てたのって、カーくんなの!?」
「うん、タブンそうだと思う」
「タブンそうって……もう、どうなってんのか、ちゃんと説明して。おばさん、心配してたわよ!」
「話すと、ものッ凄く長くなるんだよ」
「なによ、それ。いいから早く、帰ってらっしゃい」
「そんなお金、持ってるワケないじゃないか」
「アンタ、一応はプロのサッカー選手なんだから、給料貰ってるんじゃないの。静岡にだって、銀行かコンビニのATMがあるでしょ?」
「あ、そっか」
そう言えばボクの銀行口座には、倉崎さんが払ってくれた給料が振り込まれていた。
月8万で、1ヵ月半弱の11万が入金されていて、預金通帳を見ながらニヤけていたのを覚えてる。
でも、日々の生活はお小遣いで事足りるから、降ろしてないんだよね。
「あ、そっか……じゃないでしょ。カード、持ってるわよね。今からコンビニ行って……」
「ロラン、そろそろ試合が始まるよ」
通話の途中で、背中から声を掛けられる。
振り返ると、背が高く落ち着いた感じの人が立っていた。
ボクと同じユニホームを着ていて、背番号は8番だ。
「ン、どうした。なにか重要な話なのかな?」
とうぜんながら8番の選手は、ロラン(ボク)に質問して来る。
物腰の柔らかい人だケド、でもボクはもう『人見知りで喋れないモード』に突入していた。
「……」
仕方なく、顔を横に降るボク。
「アルマさん、すみません」
するともう1人の選手が、沈黙するボクたちの間に割って入って来た。
「オリビか。なんだかロランの様子が、いつもとは違う気がするんだが……?」
アルマと呼ばれて人は、腕を組んでボクの顔を見ている。
「少し喉を傷めてましてね。名古屋での記者会見でも、ボクが代役を務めたんですよ」
「風邪かも知れんな。無理して試合に、出るコトはないんじゃないか」
「そこまで酷くは、無さそうですケドね」
「なら良いんだが、30分を2試合だ。気分が悪くなったら、途中交代もアリだからな」
「相変わらず、アルマさんは過保護ですねェ」
「これでも、医者を目指しているからね。スポーツ医ではあるケド」
アルマさんが、人を安心させる笑顔で言った。
確かに、白衣が似合いそうな気がする。
「それより試合だ、ロラン!」
強引に会話を終了させる、オリビさん。
「カーくん、ちょっと聞いてるの。ねえ……」
コンビニに行く選択肢は、どうやら無さそうだ。
ボクは、口うるさいスマホを切ってズボンのポケットに戻すと、ピッチに脚を踏み入れた。
「よ~し、みんな集まったか?」
フルミネスパーダMIEの代表である、有葉 路夢(あるば ロム)さんがセンターサークルの中央に立って、ピッチに散らばった両チームの選手を確認する。
「準備は、出来てるみたいだな。今、シャルオーナーから連絡が入って、あと20分くらいでこっちに着くらしい」
「つまり次の試合からは、ちゃんと指揮が取れるってコトね」
白いジャージを着た、武柳 ヒルデ(ぶりゅう ヒルデ)が言った。
「そ~言うコトだ。シャルは、完璧主義の潔癖症だからな。見ていないところで、自分のチームが勝手に試合をされるのは、気に喰わんだろうからな」
「オーナーってのは、監督ではないのよ。そこまで管理するのも、どうかと思うんだケド」
「チーム方針は、それぞれさ。大体、歌って踊れるサッカーチームってのも、おかしなモンだろ」
歌って踊れる……意味が解らないよ!?
空を見上げると、海の向こうに太陽が沈んで行くのが見える。
近代的なナイター照明が、白く輝き始めた。
もう直ぐ夜なのに、こんな明るいピッチでサッカーが出来るんだ。
ボクは、自宅からずっと離れた遠い場所に来てしまったコトなど、すっかり忘れていた。
前へ | 目次 | 次へ |