アンチエージング・カプセル
永く続く坂を登り、ボクたちは外交館の前に立っていた。
目の前にある建物は、他の建物と同じように白い壁にオレンジ色の屋根をしている。
「ここが、ヴィクトリアの外交館なんですか?」
火星の大都市アクロポリスを見慣れてしまったボクには、いささかみすぼらしく思えた。
「このヴィクトリアは現在、地球の政府機関として機能しているのです」
「え、地球が存在するのに、コロニーに地球の政府機関があるのですか?」
ミネルヴァさんの言葉に、反射的に反論してしまう。
「それは、いずれ解るコトです……参りましょう」
黒いスーツに着替えていたミネルヴァさんは、颯爽と外交館の中へと入って行った。
「はい……2人とも、行くぞ」
振り返ると、アンティオペーが門前の庭木に止まっていた蝶に興味を示している。
「蝶なんか見てないで、ホラホラ早く」
「わわ、押さないでよ、メラニッペ―!」
ライム色の天然パーマの少女に背中を押され、目の前を通り過ぎて行くアンティオペー。
ボクも中に入ると、警備員たちの敬礼が出迎えてくれた。
「宇宙斗様ですね。わたしは、ヴィクトリアの領主、ニケ―と申します」
警備員の列の最深部に立っていた、真っ白な髪の少女がカーテシーと呼ばれるお辞儀をする。
「ボ、ボクは、群雲 宇宙斗です。よ、よろしく……」
少女は、現在のアンティオペーたちよりは大人びていて、女神のように整った顔をしていた。
「ミネルヴァ様から、お噂はかねがね伺っておりますわ。火星では時の魔女の侵攻に対し、ずいぶんとご活躍されたのだとか?」
スカイブルーの瞳が、ボクを見つめている。
「いえ……力及ばず、人々に多大な被害を出してしまいました」
「それでも、貴方がいなければ被害はさらに拡大したと、聞き及んでおりますわ」
純白の長い髪を揺らし、外交館の奥へと歩き始めるニケ―。
ボクたちは、接待室へと通された。
「紅茶を、ご用意いたしました。お寛(くつろ)ぎ下さい」
「わあ、美味しそうなお菓子まで……あ、スミマセン」
お喋りな口を押え、謝るアンティオペー。
「フフ、可愛らしい従者さんを、お連れなのですね」
「い、いえ。彼女は、ボクの乗って来た艦の艦長なんです」
「まあ、そうでしたの。これは、失礼なコトを言ってしまいました」
白い磁器のティーセットを前に、少女たちの笑い声が零れる。
すると、黒いスーツを着た女性が口を開いた。
「ニケ―、わたくし達がここまで来るまでに、カメラに撮られた映像はありますか?」
「ご心配には及びません、お姉さま。既に、手は打ってあります」
どうやらマーズさんの追跡を、気にしているらしい。
「……とは言えこの姿では、動くのもままなりません。例のモノは、用意出来ていますか?」
「例のモノ?」
ボクは思わず、会話に割り込んでしまった。
「もちろん、ご用意してありますわ。宇宙斗艦長も、ご覧になられますか?」
「へ……見てイイのであれば……」
ボクの返答を聞くと、ニケ―さんはミネルヴァさんの方を見る。
「別に、構いませんが……」
大人びたミネルヴァさんが、少しだけ頬を赤らめた。
「では宇宙斗様と、ミネルヴァさまはこちらへ。お2人は、紅茶でも飲みながらお待ちください」
アンティオペーとメラニッペ―を残し、接待室を出るとエレベーターで1階だけ上り、右に折れて突き当りの部屋に入る。
「今までの部屋とは、まったく雰囲気が異なりますね」
青白い照明に、みずみずしい植物が並んだプラント。
床は黒光りする金属で出来ており、黒い壁には青い計器類が並んでいた。
「こ、これは……カプセル!?」
そして何よりボクを驚かせたのは、部屋の真ん中に置かれたカプセルだった。
「冷凍睡眠カプセル……ってワケじゃ、ないんですよね」
いやが応にも、黒乃の作ったカプセルを思い出す。
ボクはそのカプセルで、1000年もの間眠っていたのだから。
「このカプセルは、細胞を活性化させる装置ですの。人の1つ1つの細胞を若返らせる、アンチエージング・カプセルですわ」
ニケ―さんが、説明をくれた。
「へ~、そうな……ええッ!?」
何気に振り返ったボクは、思わず固まってしまう。
「どうしたのです、宇宙斗艦長?」
気の強そうな女性の顔に、美しいクワトロテールのミネルヴァさん。
「どうしたって……そ、そ、その……」
彼女の身体には、何も身に付けられていなかった。
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