重力の闇
「な、なんで、ミネルヴァさんが!?」
ツィツィ・ミーメの胴体には、確かにミネルヴァさんが乗っている。
亡くなったミネルヴァさんの遺体を、ボクたちはセノーテの貯水槽へと沈めた。
アステカの古代人が着ていた衣装に着替えさせて、彼女を弔ったのだ。
「ボクは、夢でも見ているのか。それとも……」
セノーテに沈めた時の衣装のまま、ミネルヴァさんはツィツィ・ミーメの胴体に納まって、ボクを見つめていた。
アンチエージング・カプセルによって、少女の姿になっていたミネルヴァさん。
本人が名乗っていたように、今の彼女も時澤 黒乃にそっくりだ。
無重力のコックピットに揺れる、長いクワトロテールの先には、星型のアクセサリーが輝いている。
「艦長、油断さいないで下さい。ツィツィ・ミーメはまだ、沈黙してません!」
メルクリウスさんが、ボクに注意を促(うなが)す。
我に還ったボクの前に、ツィツィ・ミーメの巨大な脚が迫っていた。
「クソッ!」
フラガラッハで脚を斬り払い、ツィツィ・ミーメから距離を取るボク。
けれどもツィツィ・ミーメの純白な頭髪が、ゼーレシオンの脚に絡み付く。
「艦長!」
メルクリウスさんのテオ・フラストーが、光弾を発射して髪の毛を裁断した。
「す、すみません、メルクリウスさん」
「いえ、宇宙斗艦長。それにしてもこれは、いかがなコトでしょうか……」
メルクリウスさんですらも、ミネルヴァさんが甦ったコトに対する理解が及んでいない。
「解りません。ミネルヴァさんは、ゲーにやられて放射能の雨が降り注ぐ大地に投げ出され、ゼーレシオンのコックピットの中で死んでしまった。間違い、ありませんよね?」
「ええ、そうです。亡くなった彼女を、ボクたちはセノーテに沈めて弔いました。その、ハズなんです」
ボクとメルクリウスさんの見解は、一致している。
「だったらナゼ、ミネルヴァさんがアレに乗っているんです?」
「ボクにだって、解りませんよ。ですが……」
識者のメルクリウスさんも、全知では無かった。
「ミネルヴァさんが、甦ったってコトですか?」
「可能性は、高いでしょうね。非現実的な、前例がありますから」
火星での、マーズの事例を思い出す。
胸に傷の入ったままのツィツィ・ミーメが、再び攻撃体勢に入った。
長い下半身の肋骨の間から、黒いエネルギー弾を連続して発射する。
「またフラガラッハで、叩き斬る」
黒い球体の間を抜けて、ボクはツィツィ・ミーメ本体への接近を試みた。
けれども急激な重力が、ゼーレシオンの巨大な身体を引っ張る。
「な、なんだ。ゼーレシオンが、引っ張られるッ!?」
「艦長、重力弾です。あの黒い球体はマイナスのエネルギー体で、周りのモノを吸い込むのですよ」
「ぬ、抜け出さないと、潰されて破壊されてしまう」
重力を操る能力を持った、1000年後の人類。
ゼーレシオンが宇宙空間で自由に動けるのも、重力を操っているからだ。
「ケツァルコアトル・ゼーレシオン!!」
ドス・サントスさんにプレゼントされた追加装備の能力も最大限に発揮して、黒いマイナスエネルギーの球体から離れようと試みる。
「艦長、他の球体も進路を変え、そちらに寄って行ってます!」
メルクリウスさんも、テオ・フラストーの光球で応戦する。
けれどもエネルギー弾でしかない光球は、虚しく黒い球体に呑まれるだけだった。
「そ、宇宙斗艦長!」
黒い球体が、ゼーレシオンの周りに集合し、融合を始めた。
「グァァッ!」
真っ暗になろうとする、視界。
ゼーレシオンの前身が、キシみ始める。
「黒……乃……」
黒い球体と球体の、僅かな隙間からツィツィ・ミーメが見えた。
ゼーレシオンの高性能なセンサーアイが、最後に捉えたのはミネルヴァさんの姿だった。
太陽系外縁の、海王星や冥王星が周回する軌道の近く。
ボクは、再び死を迎えようとしていた。
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