視聴覚室の弁当会議
時は、少しだけ巻き戻る。
曖経大名興高校サッカー部との激戦を終えた、翌日の月曜日。
ボクは、筋肉痛で重たい身体を押して、昨日対戦した自分の学校に登校した。
人見知りなボクは、いつもの通り無言で午前中の授業を切り抜ける。
誰もトモダチの居ないボクは、昼休みになると自分の机の上に、お母さんが作ってくれたお弁当の包みを広げた。
……やっぱ1人で食べるだけだと、寂しい感じがするな。
銀色の弁当箱は、まだ蓋が閉まったままだ。
でも、どうしてだろう。
今までは、普通に食べてたのに。
今日はナゼだか、いつもより寂しさが増して……。
ボクはふと、都会の中にある校舎の窓の外を見る。
4月も半ばを過ぎた青空の下には、雑然とした家々や背の低いビルが並んでいた。
……サッカーをしてると、まったく寂しさを感じないのにな。
思えばボクはもう、1人ぼっちでサッカーをしてるんじゃない。
チームには、紅華さんや雪峰さん、黒浪さんや杜都さんがいる。
みんなとの出会いが、走馬灯のように思い浮かんだ。
みんなと出会えたのは、倉崎さんのお陰だな。
スカウトなんて嫌で嫌で仕方無かったケド、今にして思うとやって良かった。
アレから、セルディオスさんが監督になって、海馬コーチや龍丸さんたちも加わって、デッドエンド・ボーイズもずいぶんとチームらしくなって来たよな。
少なくとも、サッカーをしているときは1人じゃ無いと思えると、寂しさも幾分和らいだ。
さて、ソロソロ食べないと、休憩時間が終わっ……。
ボクは、銀色のフタを開けようとする。
「よォ、一馬。昨日はいい試合だったな」
するとボクの背中を軽く叩(はた)きながら、1人の生徒が声をかけてきた。
「……とは言え棚香先パイが、お前のチームメイトにレイトタックルかますは、頭突きをかますわ。考えて見れば、言うほどクリーンな試合じゃなかったか?」
生徒は、頭に包帯を巻いているし、髪の毛も短くなっている。
けれども顔は、明らかにウチのクラスの委員長だった。
「悪いんだが、少し付き合ってくれよ。視聴覚室を借りてるんだ」
屋上にでも行くのかと思いきや、生真面目な委員長に視聴覚室に誘われる。
「心配無いって。ちゃんと、許可は取ってあるからさ」
そう言いつつ、千葉委員長は扉を開けた。
プロジェクターの置いてある部屋の中に、円形に並ぶ机と椅子。
紫色の学ランを着た、昨日戦った対戦相手のメンバーたちが、弁当を広げながら話していた。
なんだか、不思議な感覚だな。
チームメイトの紅華さんたちは、別の学校の生徒で、千葉委員長たちは同じ学校の同級生なんだ。
「千葉、言い出したお前が遅れるなんて珍しい、と思えば……」
「隣に連れちょるんは、昨日の……なんちゅう名前じゃったき?」
鬼兎さんと彩谷さんが、千葉委員長に問いかける。
「御剣 一馬くんですよ。昨日は、やられてしまいました。どうぞ、席へ」
桃井さんが立ち上がって、ボクを空いた席まで案内してくれた。
「キミがあの、凶悪な先パイたちに入部届を叩きつけて、プロ入りした男か?」
斎藤 夜駆朗さんが、ボクをマジマジと観察してる。
ケド、そんなに大そうなヤツじゃないんだよ?
「噂は聞いてるぜ。オレらが入部届出す、前の話だったみたいだが」
「棚香先パイなんか、相当ブチ切れてたぞ」
藤田さんと渡辺さんの情報に、背筋が凍り付くボク。
「一馬、お前が入部しなかったのは残念ではあるが、お前が決断した道だ」
「そうですね。ボクたちと同学年でプロ入りだなんて、羨ましい限りですよ」
「オレたちも、より一層精進せねばならんな」
イヤイヤ……緊張して喋れなくて、パニクってああなっただけなんですケド。
「実は今日、今後の方針を決めるミーティングをしたくて、こうしてみんなに集まって貰ったんだ。お前にもアドバイスを貰いたくて、声をかけたってワケさ」
「千葉は、先パイがたに目ェ付けられちょるき」
「お前もだ、彩谷。明日からはお前だけ、練習量が5倍だ」
「なんでそうなるんじゃ、おかしかとォ!」
「だけど3年に歯向かって、大したお咎めも無いってのは意外だったな」
「今のところはな、藤田。今後、どうなるか解らんぞ」
「本来なら、オレだけでも退部届を、出すべきなんだろうが……」
「それは都合が良過ぎだ、千葉。もう、反旗は翻されたんだ。お前だけ逃亡するなど、許さんからな」
隣に座った斎藤さんが、ビシッと言った。
「岡田先パイも、練習に付いて行けないと言う理由以外の退部届は、受け取らない方針だそうですから。案外、良い人かも知れませんよ」
「桃井、それは無か。岡田先パイは、修羅の如き人じゃき」
「今後、どんな状況に陥るかは解らんが、オレたちはサッカー部として全国を目指すつもりだ」
「御剣くんは、プロサッカー選手として、トップリーグを目指すんですよね?」
「お互い、乗り越えるべき障害は多そうだな。なあ、伊庭」
「ウス」
やたらと長身の生徒が、始めて口を開く。
視聴覚室に、笑いの声が広がった。
その日ボクは、始めて仲間と呼べる人たちと弁当を食べる。
その味は、いつもよりも美味しく思えた。
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