紫色のエピローグ
紫色のユニホームを脱ぎ捨てた、むさ苦しい男たちが屯(たむろ)する更衣室。
校舎のある都心からは、マイクロバスで30分ホド離れた場所にあるグランドの、奥まった場所に位置していた。
「千葉、テメー約束は覚えてんだろうな、オオッ!?」
筋肉質の巨漢が、1年生のストライカーを威圧し、ガンを飛ばす。
「止めねェか、棚香」
「な、なんで止めんだよォ。コイツは……」
そう言いかけた巨漢は、部長の目を見た途端反論を止めた。
「岡田部長、今回の件はオレが扇動するかたちで……」
「ウッセーな、千葉。オメーら1年に審判を降す前に、2年に言っとくコトがあんだよ」
岡田 亥蔵は、退部届の乗った机を蹴り飛ばす。
「オイ、2年。お前ら、まずそこ並べ」
「え、オレらがっスか?」
「1年じゃなく……なんで、オレらが……」
「グダグダ言って無ェで、いいからさっさと並びやがれッ!!」
曖経大名興高校サッカー部のキャプテンは、倒れた机を更に蹴り飛ばした。
アドレナリン全開な顔の2年生が、3列に並ぶ。
総勢で、20名ホドの人数が居た。
「今日の試合、ウチのサッカー部は負ちまった。よって、方針を変える」
一瞬、静まり返る更衣室。
「お前ら2年に、言って置く。今すぐ辞めた方が、身のためだぜ」
汚れた壁にもたれ掛け、パイプ椅子に足を組んで投げ出す岡田 亥蔵。
その細い瞳は、2年生を舐めるように睨んでいた。
「あ、あの、岡田キャプテン。どうして辞めた方が、身のためなんスか?」
「負けた原因は、試合に出てた1年にあるのは明白ですよね?」
「どうしてオレらが、退部させられなきゃならないんスか?」
「アー、なんかオメーら、勘違いしてんな。誰も辞めろなんて、言って無ェだろ」
「え、で、でも今……」
「辞めた方が、オメーらのためだっつってんだ。残りたきゃ、残れ」
キャプテンの言っている意図が解らず、互いに顔を見合わす2年生。
仕方なく仲邨 叛蒔朗が、副キャプテンとしての責務を果たす。
「方針を変えるっつってもだなあ、岡田。具体的に、どう変えんだよ?」
「そうだな、まずは練習量を倍に増やす」
「い、いきなり、倍かよ!?」
「オ、オレなんか、今の練習量ですら、ヒーヒー言ってんのに!?」
キャプテンの言葉に動揺し、雑談を始める2年生たち。
「だから、言ってんだろ。イヤなら、辞めた方がオメーらのためだって」
「そ、そんな、いきなりヒドイっすよ!」
「大体、1年はどうするんスか!?」
「ま、1年も同じだ。とくに、後半から入って来たにも関わらず、ヘバッて座り込んでた田舎者にゃ、普段の5倍の走り込みを科すつもりだぜ」
「ヒャ、ワシのコトじゃろうか。鬼兎ォ、どないせば良かじゃきィ!?」
「知らん、勝手に決めろ」
彩谷 桜蒔朗に、助け船は出されなかった。
「練習に付いて来れ無ェんなら、辞めて構わんぞ」
岡田 亥蔵は、床に落ちた退部届を拾い上げると、ビリビリと破り捨てた。
「キャ、キャプテン……どうして?」
それは千葉 蹴策が、試合の開始前に机に置いたモノだった。
「あ、勘違いしてんじゃ無ェぞ。汚れちまってるから、破っただけだ。明日、もう1度書いて来い」
「はい……」
俯く、千葉委員長。
「練習に付いて来れないから、辞めますってな」
「れ、練習には、死んでも付いて行きます。でもオレは、今回の件で部に迷惑を……」
「知ったコトかよ。とにかく、練習に付いて来れないヤツは、オレんトコに退部届を出しに来い」
既に、岡田 亥蔵は着替えを済ませていた。
「その他の内容の退部届は、受け取ら無ェから……じゃあ、解散!」
岡田部長は、そのまま更衣室を後にする。
その日を境に、曖経大名興高校サッカー部の練習メニューはハードなモノへと変った。
最初は、高を括っていた2年生たちも、初日で半数が辞める。
更に一ヶ月が経過した頃には、わずか2人しか残らなかった。
千葉委員長は、けっきょく退部届を出さなかった。
替わりに髪を短くし、練習では常に先頭に立つ姿勢を見せる。
彩谷 桜蒔朗も、毎日根を上げながらも、なんとかハードな練習メニューをこなす。
夏を終える頃には、見違える身体になっていた。
岡田 亥蔵と千葉 蹴策の、意地っ張りなツートップ。
仲邨さんや桃井さんの居る中盤に、ボランチとして彩谷さんと鬼兎さんが加わる。
リベロの斎藤さんに、センターバックにコンバートされた棚香さんがコンビを組み、左右のサイドバックは藤田さんと渡辺さんが務めた。
キーパーは、3年の小柄な川神さんと、1年で長身の伊庭さんがしのぎを削る。
強化された曖経大名興高校サッカー部だったケド、夏の大会は3回戦で強豪と当たって敗れる。
でも冬の大会は、始めて県大会を突破し、全国への切符を掴み取った。
それから、ボクの母校のサッカー部は、快進撃を始めるのだけれど……それはまた、別の話としたい。
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