方針と来訪者
アクロポリスの街では、多くの死者が弔われていた。
見るも無残な姿へと変わり果てた親族に、むせび泣く声があちこちで聞こえる墓地。
そんな映像が、MVSクロノ・カイロスのスクリーンに流れる。
「火星に生まれ、紅い大地にその身を埋める死者たち……か」
人類の進化は、故郷の惑星・地球という当たり前のコトさえ、常識では無くしてしまっていた。
「やはりクーリアに対する風当たりは、相当に強いようだな」
映像から、クーリアを恨む遺族たちの怨嗟(えんさ)の声が溢れ出す。
「そりゃ、仕方ないってモンだぜ、艦長。実際にあの女は、自ら手を降したんだ」
「そうね。それに、Q・vic(キュー・ビック)も、彼女が呼び寄せた下僕だと報道されているわ」
プリズナーと、トゥランが言った。
「クーリアは、時の魔女に操られている。彼女自身の意志で、やったワケじゃ……」
「オレたちの他に、時の魔女の存在を認知しているのは、ディー・コンセンテスのアポロやメリクリウスたち……それにマーズら支配権を奪取したヤツらくらいだ」
「報道じゃ、時の魔女の名前なんて一切出て来ないぜ」
「全部、クーリアがやったコトになってる……」
「行方不明になってる取り巻きのコたちも、戦犯扱いされちゃってるしね」
真央たちオペレーター3人娘も、同じ学園の同級生の安否を心配している。
「ウルズ。クーリアの取り巻きの女の子たちが乗ったシャトルの行方は、まだ掴めないのか?」
『おおよその経路は、判明致しました。火星のハルモニアに向かう途中の宙域で、停止していた形跡がございます』
「そ、そうなのか!?」
『その後、シャトルが停止していた宙域を、火星圏から撤退するQ・vava(クヴァヴァ) とQ・vicの編隊が、通過致しました。その後の消息は、不明となっております』
「ま、まさか、クーリアが撃墜したと……!?」
『その可能性は、低いと思われます。シャトルの停止していた宙域に、同機体の残骸は確認されませんでした。むしろシャトルを、鹵獲(ろかく)した可能性が高いのです』
「そ、それじゃクヴァヴァさまは、取り巻きのみんなを連れて行っちゃったの!?」
「ボクも、ウルズの見解が正しいと思うよ、セノン」
「そんな……」
ボクはクーリアを、優れた女性だと思い込んでいた。
でもそれは、彼女の弱さにボクが気付かなかっただけなのだ。
「クーリアは、寂しかったのかも知れない。だから、取り巻きのコたちを連れて行った……」
ブリッチから見える深淵の宇宙の何処かに、クーリアは居る。
けれども宇宙は、果てしなく広かった。
「ン、なんだ、ありゃ?」
「どうした、プリズナー」
「前方に、機体が見えるぜ。恐らく、サブスタンサーだ」
「ウルズ、確認出来ているか?」
『ハイ。機種は、登録データによれば、シャラー・アダド。ナキア・ザクトゥの使用していたセンナ・ケリグーと同系列の機体となります』
「ナキアさんと、同系列……ってことは、もしかして?」
『彼女の実姉である、セミラミスの機体です。ですが、近づいてくる気配はございません』
「どうするよ、艦長?」
「ボクたちに、来て欲しいってコトじゃないかな?」
「確かに火星の軌道上だと、完全にマーズの監視下にあるぜ」
「機体からの交信も無いんだろ、真央?」
「ああ、完全に沈黙を貫いたまま、ピクリとも動かねェ」
「だったら、行ってみよう。なにか重要なコトを、伝えたいのかも知れない」
「でも、罠って可能性もある……」
「もしクーリアみたいに、時の魔女に操られてたらマズイよ』
「真央、ハウメア、2人の心配は解る。だけど現在のボクたちは、何の目的もなく宇宙を漂っているだけだ。時の魔女に対する探究もせず、無作為に時間を潰すのも、危険だと思うんだ」
「そう……そうだよね」
「解ったよ、艦長。罠をあえて踏みに行くってのも、有りだと思う」
『全艦隊を、動かしますか?』
「いや、そこまで大袈裟では、火星に気付かれてしまう。ペンテシレイアさんの旗艦に移って、小規模な艦隊を編成して向おうと思う」
『了解致しました。では格納庫に、スペースランチを手配致します』
ボクは、艦長の椅子から立ち上った。
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