魔女となったクーリア
「……ちゃん……おじい……聞こえ……」
電波状況の悪いラジオ放送のように、途切れ途切れに聞こえる声。
「……いい加減……目を……おじいちゃ……」
けれども耳慣れた可愛らしい声は、ボクの目を開ける。
深い眠りから覚めた眼が、最初に見たのは、少女の栗色の髪女だった。
「おはよう、セノン。なんだか久しぶりだな」
辺りを確認すると、ボクは銀色のパイプが組み合わさったベッドに寝ていた。
壁には観葉植物が並べられ、間接照明を下から浴びて瑞々しく輝いている。
「のん気ですね、おじいちゃんは。今、火星は大変なコトになってるんですよ!」
「クーリアの……コトか?」
「そ、そうです。クヴァヴァさまが、非道な反乱者なんかにされちゃってるんです」
セノンから返事が返って来るまで、少しの間があった。
「なんでクヴァヴァさまは、いっぱい人を殺しちゃったんですか!?」
「時の魔女に……操られていたからだよ」
そう言ってはみたものの、自分の言葉に100パーセントの自信が持てない。
「時の魔女……って、一体なんなんです?」
「ボクにだって、解らないさ」
天井の柔らかな照明ライトが、ボンヤリとボクたちを照らしていた。
「どうしてクーリアを操ったのかも、彼女を使って大勢の人間を殺させたのかも解らない。イヤ、それ以前に彼女の顔も正体も、本当に実在するかすら解らないんだ」
ボクは確かに、ゼーレシオンの巨大な目で、宙を舞うローブの女を見た。
メリクリウスさんたちも、確認しているハズだ。
けれどもそれが、本当に時の魔女の本体かと問われれば、違うように思えた。
「ここって、どこだ。火星か……もしくは、ハルモニア?」
「違いますよ、おじいちゃん。ここは、おじいちゃんの艦の中です」
「な、なんだって!?」
ボクは、跳ね起きる。
「それじゃあセノンは、またMVSクロノ・カイロスに乗ったのか?」
ベッドの上の棚に用意された服に、着替えながら問いかけた。
火星でセノンたちと別れ、彼女たちを元の学園生活に戻すつもりでいたボク。
もう2度と、会わない方が良いとも思っていた。
「お、やっとお目覚めかよ、艦長。待ちくたびれたぜ」
「もう、火星の惨劇から10日経つ……」
「セノンから説明を聞いたかもだけど、色々と大変なコトになっていてさ」
自動で部屋のドアが開き、真央、ヴァルナ、ハウメアのオペレーター3人娘が入って来る。
3人は、部屋の中に設置されていたテーブルの椅子に、腰を落ち着けた。
「お、お前たちまで、クロノ・カイロスに戻ったのか!?」
「ヴェルダンディさんの指示だぜ。今、クーリアは、火星中の人の恨みを買ってるんだ」
「恨みの矛先は、近しい人にも向けられる……」
「わたし達も、クーリアを恨んでいる人たちに、なにかされる危険があるからってコトでね」
「なるホド……な」
ヴェルらしい、理にかなった正しい判断だ。
「だがやはり、クーリアは恨まれてしまっているのか」
アクロポリスの街で、確かにクーリアは大勢の民を手にかけてしまった。
「1億7869人が、死んだんだ。恨まれても、仕方ないとは思うぜ」
「わたしも、火星に親族が居る……」
「わたしだって、もし妹たちになにかあったら、許せないと思う」
「それじゃあ、クーリアのお付のコたちも、この艦に乗っているのか?」
ボクは、直ぐにイエスの答えが返って来ると思っていた。
「イヤ。アイツらはアタシらとは別のシャトルで、ハルモニアに向かったハズなんだが……」
「シャトルが、消息不明になった……」
「四角いヤツに、撃ち墜とされてなきゃいいんだケド」
それを聞いたボクは、背筋が凍る感覚に襲われる。
ボクが決断しなかったコトによって、彼女たちの命すら危険に晒してしまっていたのだ。
「Q・vic(キュー・ビック)は、クーリアが呼び出したワケじゃない。彼女が乗っていた、Q・vava(クヴァヴァ)だって、時の魔女が呼び出した機体だ。それなのに全てが、クーリアのせいにされてしまっている!」
どうして、そうなってしまったのか?
ボクは事の真相を確かめるため、艦橋(ブリッジ)へと向かった。
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