火星の情勢
MVSクロノ・カイロスのエレベーターに乗り込み、艦橋へと向かうボク。
セノンや真央たちも、そそくさと乗り込んで来た。
「今、火星はどうなってるんだ?」
艦橋に付くまでの僅かな時間だったが、ボクは現状把握のため質問する。
「えっとですね。マーズさんが引き続き、治めてます。あ、でも色々と、あってですね」
セノンの要領を得ない説明を聞いているうちに、未来の高速エレベーターはボクたちを、艦橋まで運んでくれていた。
『お帰りなさいませ、宇宙斗艦長。お体のお加減は、いかがですか?』
MVSクロノ・カイロスに置ける最高の知性が、ボクに問いかける。
「ああ、もう問題ないよ、ヴェル……と言うか、今日は違う姿なのか?」
フォログラムは、普段の凛とした女神の姿ではなく、長い絹(シルク)色の髪をした柔和でアンニュイな女の姿だった。
『ウルズとお呼び下さい。今は情報収集のために、この姿を取っております』
そう述べたフォログラムは、艦長の椅子の上段にある、自身の本体が納められたカプセルのフロアで、何やら作業をしている。
「ウルズは、忙しそうだな」
「ホントですねェ。なんだか、織姫さんみたいな感じですゥ」
セノンが言った通り、ウルズは黄金の機織り機のような機材で、機を折るように作業していた。
「じゃあ、アタシらが艦長に、今の情勢を教えるよ」
「セノンじゃムリだし……」
「オペレーター、3人娘の復活だね」
「どうせわたしは、説明が下手ですよ~だ」
それからボクは、膨れ面の少女を尻目に、真央、ヴァルナ、ハウメアの3人から、現在の火星の政局や軍事情勢を聞いた。
「なるホド、ボクが眠っている間に。そんな事態になっていたのか」
艦橋の中央に出現したテーブルに皆が集い、簡易的なブリーフィングルームとなって機能する。
ボクはその上座とやらで、偉そうに皆の話を聞いていた。
「ああ、そうだぜ。だから今の火星及び太陽系の支配者は、実質的にマーズなんだ」
「元々、火星自体はマーズの統治下……」
「それでもディー・コンセンテスの下で、マーズが統治を代行していたに過ぎなかったんだ」
「マーズが、火星を『時の魔女』の侵攻から救った英雄……か」
なんとも言えない、複雑な気持ちだった。
「ディー・コンセンテスは……アポロさんやメリクリウスさん、ミネルヴァさんたちも、マーズの統治を受けれたのか?」
「アテーナー・パルテノス・タワーを、軍隊に取り囲まれちゃあな」
「武力制圧と言うより、クーデターに近い……」
「それでもアポロやメリクリウスは、マーズの意に従わずそれぞれの組織に還ったって話だケドね」
「この火星や太陽系を、マーズとナキアさんだけで、統治なんて出来るモノなのか?」
「おじいちゃん、ナキアさんは亡くなったんです」
「え……ナキアさんが、死んだ?」
ボクは、一瞬唖然とした。
時の魔女に支配されたクーリアの手で、戦闘中に苦しみ出したナキアさん。
けれども彼女は、愛するマーズによって保護されたモノだと思っていたからだ。
「マーズによって、3日前に盛大な葬儀が行われたよ。本当に、ナキア・ザクトゥのコトを愛してたんだろうな。流石に、神妙な面持ちだったぜ」
「それじゃあ、この火星や太陽系をマーズさん1人で……」
「艦長、それは違う……」
「葬儀の前後に、マーズとナキア・ザクトゥの間に生まれた、2人の息子が紹介されたんだ。2人は15歳くらいの見た目で、名前はロムルスとレムスって言ってたよ」
「2人は、正式な夫婦でも無いんだろう。それに、おかしくないか?」
「おかしいに、決まってます。だってナキアさんは、クヴァヴァさまの義理のお姉さんなんですよ!」
ぷりぷりと怒る、栗色クワトロテールの少女。
「ボクに怒るなよ。でもナキアさんってまだ、20歳も行ってないんだろ。養子でも無い限り、15歳の息子が居るなんて……」
「それが養子じゃなく、ホントに自分とナキア・ザクトゥの子だって、言い張ってんだよ」
「生まれたのは、魔女の侵攻の最中らしい……」
「2人を産んだせいで、ナキアが死んだってコトみたい」
「そ、そうか。それなら、納得が……」
「オイオイ、よく納得なんて出来るな。マーズの演説を聞いたアタシらですら、ずっと納得できないでいるんだぜ?」
「時の魔女が、絡んでいるならな。時の魔女が本当に、時を操れるのであれば……」
ボクは、自分で言ってる台詞が、信じられないでいた。
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