試合終了(ピリオド)
試合を決めたのは、那胡(なこ)さんの一撃だった。
9―8の、サッカーの試合とは思えないスコア。
激しい熱戦に、両チームの選手が試合終了のホイッスルと同時に、その場に座り込む。
「やったぜ、今度は那胡が決めやがった。アイツら、マジで成長してやがったぜ!」
途中出場の同僚3人の活躍を喜ぶ、紅華さん。
「みんなスゲェな。オレさまも、ケガなんかしてる場合じゃ……アイタタ」
「クロくん、ムリしちゃダメだよ。ケガなんだから、しっかりと治さないと」
三脚の上に乗ったカメラの操作をしながら、黒浪さんを気遣う千鳥さん。
「けっこードライなんだ、千鳥先パイ」
しょげてる黒浪さんを尻目に、剣道の面を被った千葉 沙鳴はグランドに目をやる。
「お兄ちゃん……負けちゃったのか」
面の格子の向こうには、悔しそうな顔をした兄の姿があった。
「クッソ、負けちまったじゃねェか。あんな伏兵にやられるたァ、1年のキーパーも大したコト無ェな」
唾をグランドに吐き捨てる、岡田さん。
「伊庭は、何度かピンチを防いでくれました。勝てなかったのは、最期のチャンスに決めきれなかった『オレの責任』です」
千葉委員長は、自らの責任だと言う部分を強調した。
「ハア、なに言ってやがる。途中から出て来たクセにヘバっちまった田舎者は論外として、他の連中もリードを守れ切れなかったんだぜ。言語道断だな」
「千葉ァ、約束は覚えてんだろうな。お前は岡田に勝てなかった。後半だけでハットトリックを決めると言って置きながら、決められなかったんだぜ?」
仲邨さんも、岡田さんの加勢に加わる。
「退部届は、更衣室の机に置いてあります。今回の一件の責任は、全てオレにあります。どうか、他のヤツらは……」
委員長が言いかけたとき、グランドの中央から審判が叫んだ。
「オイ、お前ら集合。試合後の挨拶だ。さっさと整列しろ!」
審判を務めていた、曖経大名興高校サッカー部顧問の先生が、教え子に向かって命令を降す。
「ウッセェぞ、ボケ。今行ってやっから、ギャアギャア喚(わめ)くな!」
岡田さんは腹立ちまぎれに、試合で使っていたボールを蹴り飛ばす。
ボールはゴールラインを越えて、駐車場に留めてあった白い車のドアにぶつかった。
「あああッ、オレの車がァ。岡田、お前なんてコトをッ!?」
頭を抱える、審判の人。
「ぎゃはは、悪ィ、悪ィ。ボールを先に、片付けて置いてやろうと思ったんだがよ」
「ま、ロクにオレたちの指導もせず、洗車ばかりしてやがるから、バチが当たったんだぜ」
岡田さんも、仲邨さんも、悪びれる様子もなく審判の前を素通りして、ボクたちの列に加わった。
『ありがとうございましたァッ!』
ボクたちデッドエンド・ボーイズは、試合後の挨拶をする。
口下手なボクは、『ありあとあした』と小声で呟き、 頭だけ下げた。
挨拶を終えた両チームは、更衣室とベンチへと引き上げる。
ゴメン、委員長。ボクは、手を抜くコトはできなかった……。
別に、負けてくれと頼まれたワケじゃない。
けれども今日の試合、委員長ら1年生は3年生に叛旗を翻した。
肩を落としながら引き上げる、千葉委員長。
その背中を見送るボクに、タオルが差し出された。
「さ、沙鳴ちゃん……」
「なに、しょげ返ってるのよ、ダーリン。勝ったんだから、もっと胸を張ったら?」
千葉 沙鳴は、案外あっけらかんとしている。
「でも、委員長が……」
「まだ、どうなるか決まったワケじゃ無いケド……厳しいのは確かでしょうね」
彼女の言葉に、ボクは小さく頷く。
「もし、サッカー部を退部させられても、サッカーが大好きなお兄ちゃんのコトだもの。どこかで、サッカーを続けて行くハズよ」
けれども剣道の面を被った少女は、ずっと更衣室の方を見つめていた。
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