危険地帯(バイタルエリア)
きっとこれが、ラストプレイになる……。
このピッチに立っているみんなが、そう思ったに違いない。
ボクの方へと転がって来るボールに、ダッシュして走り込みドリブルを開始する。
調度、センターサークルを越えた辺りだ。
進路には、陣形を立て直した曖経大名興高校サッカー部のディフェンス陣が、立ちはだかる。
ボランチの鬼兎さん、リベロの斎藤さん、キーパーの伊庭さん。
1人1人が、強烈な個性を持ったタレントだ。
紅華さんと黒浪さんは、もうピッチには居ない。
柴芭さんには左サイドバックの渡辺さんが、金刺さんには右サイドバックの藤田さんが、 密着マークに付いている。
ここは、柴芭さんのようにシュートを狙うべきだろうか?
色々と考えているうちに、ボランチの鬼兎さんがボールを奪おうと圧力(プレス)をかけて来た。
スライディングタックルを、狙う様子がないのが厄介だ。
時間だけが、過ぎて行く。
「相手は、時間を使う守備に、切り換えて来やがったな」
「クッソ、なんとかならねェのかよ、ピンク頭!」
「サッカーはバスケやフットサルと違って、交代でピッチを出たら2度と入れないんだ。アイツを、信じるくらいしか出来ねェのが、不甲斐ないぜ」
ピッチのボクを、見つめる紅華さん。
こ、このまま、タイムアップかな……。
けれどもボクは、打開策を見つけられないでいた。
「一馬、後ろだ!」
その時、背後から声がする。
こ、この声は!?
反射的にバックパスを出すと、そこには雪嶺さんがオーバーラップしていた。
「ナイスだ、一馬。行くぞ!」
雪峰さんは、ダイレクトでパスを返す。
「し、しまった!?」
「ク……反応が遅れたか!」
慌てて走り出す、曖経大名興高校サッカー部のボランチとリベロ。
雪峰さんのダイレクトパスは、寸分たがわずボランチとバックラインの間に落ちた。
「流石は、雪峰だぜ。相手の危険地帯(バイタルエリア)を、狙ってやがったな!」
「バ、バイタなんとかって、なんだ?」
「お前、そんなコトも、知らないでサッカーやってたのかよ、クロ」
「バイタルエリアと言うのは、ディフェンスが護り辛いと感じるエリア。逆に言えば、得点が生まれやすいエリアのコトだ」
車椅子の倉崎さんが、バイタルエリアのボクを見る。
メチャクチャ正確だな、雪峰さんのパス。
後ろから来たパスなのに、すんなり足元に収まったぞ。
けれども、時間的な余裕はなかった。
「シュートは、撃たせん!」
両手を身体の後ろに隠しながら、シュートコースを塞ぐように、斎藤 夜駆朗がプレスをかけてきた。
後ろからも、鬼兎さんが迫って来ている。
対応が速い。
流石は斎藤さんと、鬼兎さん……でも!
ボクは、ちょこんと右にパスを出した。
「ナイスパスだ、一馬!」
そこには、フリーで雪峰さんが走り込んでいた。
ランニングシュートを放つ、雪峰さん。
綺麗な直線のシュートが、斎藤さんの右を抜けゴールに突き刺さる……かに見えた。
「ウス!」
伊庭さんが、その長い腕を最大限に伸ばし、シュートを止めていた。
「ア、アレを、止めちゃうか」
「海馬コーチなら、ゼッテー決まってたぜ」
「でも、ボールを完全にキャッチ出来てないね」
「こぼれ球が、前に流れたぞ!」
ウチのベンチで、みんなが手に汗を握っている。
「良し、クリアだ」
そうはさせない!
ルーズボールに、ボクと斎藤さんが詰める。
「貰った!」
ボクと斎藤さんが追いつく前に、ボールはシュートされ、無人のゴールに突き刺さった。
「な、那胡(なこ)が、決めやがった!?」
ベンチで驚く、紅華さん。
デッドエンド・ボーイズに勝利をもたらすゴールをきめたのは、那胡さんだった。
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