選手交代
野洲田さんが、顔から鮮血を滴らせながらピッチを後にする。
ベンチで剣道の面を被った女の子が駆けつけて、止血の治療に当たった。
「今、完全に故意にアタマ振ったよなァ!」
「ああ? ピンク頭が、なに因縁付けてんだ、コラァ!!」
中学時代からの同僚をケガさせられた紅華さんが、喰ってかかるが、棚香さんも黙ってはいない。
「あんなモンでイエロー出すなんて、ウチの顧問もなに考えてんだ、まったくよォ!」
PKを献上した棚香さんが睨みを利かせる先では、審判を務める曖経大名興高校サッカー部・顧問の先生が、メタボな監督にペコペコ頭を下げている。
ボクは交代準備のため、ピッチのタッチライン際で、その様子を眺めていた。
その時、背後から凄いプレッシャーを感じる。
な、なんだ、このプレッシャーは!?
すると背の高いユニホーム姿の人が、ボクの背後から現れて隣に立った。
大きな人だなあ……美堂さんくらい、あるんじゃないか?
この人って確か、ゴール裏でアップしてた控えキーパーだよね?
手足が細くて長くて、なんかクモみたいだ。
「クッソ、なんで交代なんだよ。PKを与えたのは、棚香だろうに……」
すると、曖経大名興高校のレギュラーキーパーである川神さんが、不機嫌そうな顔をぶら下げやって来て、隣のキーパーにガンを飛ばす。
「オイ、伊庭。テメー、オレの替わりに出れるからって、いい気になってんじゃ無ェぞ!」
小学生かと勘違いしそうな小柄なキーパーは、グローブをノッポなキーパーの顔面に叩き付けると、更衣室の方に消えて行った。
「ウス」
短く返事をした後、おかしな走り方でピッチに入る、長身キーパー。
ボクもピッチに、足を踏み入れた。
「まあそう熱くならないで、紅華くん。確実に故意とまでは言えないプレーでしたし、ウチがPKを獲得したんですから」
「わ~ってるよ、柴芭。それよりPKは、オレに蹴らせろ。野洲田の仇だ」
ピッチに入ると、中盤の選手が集まって議論をしていた。
もっともウチは、7人が中盤なんだケド。
「ヤレヤレ、本当に解ってるんだか……いいですよ、PKはお譲りしましょう」
「ここは逆転できる、重要な場面だ。確実に決めろよ、紅華」
「わ~ってるよ、雪峰。相手は控えキーパーだ。いくらデカくたって、身体の動きは鈍いだろうぜ」
紅華さんが背中越しに指さす相手ゴールには、さっきのノッポキーパーが立っていた。
「ところで一馬、監督からなにか指示は、聞いているか?」
いきなり質問して来た、雪峰キャプテン。
……へ?
ボクは思わず、目が点になる。
(あくまで彼の心の中だけの話であり、現実としては美形でクールな顔のまま)
マ、マズい!
もう直ぐ試合が、始まっちゃう。
ど、どうしよう。
「も、もも……もり……い、いち」
交代で入ったボクは、必死にセルディオス監督の指示を伝えようとする。
でも慌てると余計に、言葉が出て来ない。
「アアン。一馬のヤツ、なにが言いたそうだぞ?」
「なにやらジェスチャーも交えて、伝えようとしているでありますな?」
黒浪さんと杜都さんが、訝し気な顔をボクに向けた。
「フム、意味は解らんが、ポジションの指示の様だな」
雪峰さんの名推理に、ボクは激しく顔を縦に振った。
「恐らくだがよ。抜けた野洲田のポジションに、誰が入るかってコトじゃねェか?」
「仕方ない。オレが、ディフェンスラインに入ろう。一馬は杜都と、ボランチをやってくれ」
雪峰さんが、3枚のセンターバックの右ポジションに、駆け出そうとする。
えええッ……ヤバい!?
ホントは杜都さんがディフェンスラインに入って、柴芭さんがボランチに降りて来て、ボクが柴芭さんのポジションに入るハズだったのにィ!!
『ピーーーーッ!』
けれども無情にも、試合再開のホイッスルが鳴らされた。
前へ | 目次 | 次へ |