黒蜘蛛(ブラックシャドウ)
ペナルティマークにボールをセットする、紅華さん。
少し黄ばんだネットが張られたゴールには、大柄なキーパーが長い手足を伸ばして待ち構えていた。
「ケッ、まるで蜘蛛みてェな、ヤロウだぜ」
左利きのドリブラーは、右側から助走を取るため、右斜め後ろへと下がる。
「オイ、イソギンチャク。ピンク頭が止められたら、こぼれ球押し込むぞ!」
ペナルティエリアのギリギリで、スタートダッシュを決めようと、陸上のクラウチングスタートの体制を取る黒浪さん。
「誰がイソギンチャクやねん。そない常識、お前に言われんでもわ~とるわ!」
金刺さんも、ボールが弾かれたら押し込もうと、準備していた。
「一馬隊員。我々ボランチは、カウンターになった場合の準備をするであります!」
杜都さんの言葉に、ボクはコクリと頷く。
ボクが監督の指示を伝えられなかったせいで、ボクがボランチをやるコトになったんだ。
ボランチならやったコトあるし、失点なんてしたら監督に2度と使って貰えなくなっちゃう。
「残念だケド、このPKは止められるよ」
すると、ボクの隣にピンク色の髪の選手が並んで、ゴールを見ながら言った。
確かボクたちと同じ1年の、桃井さんだったよな?
「キミと同時に入ったキーパーは、伊庭 英也(いば ひでなり)。黒蜘蛛(ブラックシャドウ)の異名を持つ男さ。レギュラーの川神先パイよりも、殆どの能力で優れている。劣っているとしても、せいぜい瞬発力くらいなか」
ボクも改めて、ゴールの前に立ちはだかるキーパーに注目する。
黒いユニホームに身を包んだキーパーは、PKだと言うのに落ち着きはらっていた。
「駄犬もイソギンチャクも、オレが止められると思ってやがんな」
紅華さんは、なにやら呟きながら助走を開始する。
けれども、キーパーは微動だにしない。
「いくら手足が長くたって、ボールを止めれるとは限らんぜ。余裕ぶってられんのも、今のウチだ!」
左足のインサイドで回転をかけ、ゴールの外側から巻いてくる軌道のシュートを放つ紅華さん。
「うお、メッチャ回転かかってんな!」
「こりゃあ、流石に決まったやろ」
黒浪さんと金刺さんも、PKの成功を確信した。
「な、なんだとォ!?」
シュートを放った体制のままの紅華さんの目の前で、長身キーパーが素早く反応する。
左の上隅を狙ったボールに、右に跳んで長い手足を伸ばし、見事にキャッチしていた。
「来い、伊庭!」
ボクの遥か後方で、委員長が叫ぶ。
「し、しまった、カウンター来るぞ!」
最終ラインの右に入った雪峰さんが、叫んで指示を飛ばした。
「ウス……」
「いや待て、オレによこせ!」
キーパーのパントキックを止める、斎藤さん。
「ウス」
ボールはスローイングで、右に展開していたリベロに出される。
ボクたちはカウンターを警戒したため、誰も斎藤さんのマークについていない。
「アイツは、3点目の起点になったヤツやないか。ワイがマークに行ったるわ!」
ペナルティエリアから、慌ててマークに付こうと走る金刺さん。
斎藤さんは構わず、全力でドリブルを開始する。
「ボクが行きましょう。先ほどはやられましたが、今度はそうは行きませんよ」
ゴールからある程度の距離を取っていた柴芭さんが、斎藤さんのドリブルを止めようと接近した。
「個人の勝負になど、興味は無い」
あっさりとボールを離す、斎藤さん。
グランダーのパスは、前線に走る千葉委員長に通ろうとしていた。
「ウラッ!」
けれどもボールは、途中で仲邨さんによってカットされる。
委員長に通っていれば、決定的なチャンスになったかも知れないのに。
「これは、ラッキーであります。ボールをいただくであります!」
杜都さんのタックルが、仲邨さんのボールを襲う。
「ファウルにしてやっても構わんが、また1年にボール取られるのもシャクだからな」
華麗なダブルタッチで、タックルをかわす仲邨さん。
そのままペナルティエリアに、パスを入れる。
「ナイスパスです、仲邨先パイ!」
ボールを途中で奪ったのは、桃井さんだった。
「コラ、桃井。そこスルーだろうが!」
「それはお互い様です」
美しいフォームのドリブルで、前線に進入する桃井さん。
マズイい、桃井さんが完全にフリーで走ってる。
ボクは慌てて戻ったが、まだかなり距離があった。
「千葉にも岡田先パイにも、マークが付いてる。岡田先パイなら、マークを振り切ってゴールをするコトも可能だろうが……ここは、1年と3年の勝負がかかってますからね」
そのままシュートを狙う、桃井さん。
基本に忠実なクリーンシュートは、ゴール左隅に綺麗に決まった。
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