オーバーラップ
「日良居(ひらい)、準備するよ。柴芭と交代ね」
セルディオス監督は、ゴールを決めた柴芭さんに交代の指示を出す。
「す、すみません、ボクはここまでみたいです。後は、任せました」
第四の審判が8番のカードを掲げ、疲れ果てた柴芭さんが龍丸さんにキャプテンマークを託し、ベンチに下がって行った。
「レギュラーでピッチに残ってる中盤は、金刺と杜都、一馬だけになっちまった」
「そうね、紅華。今、ベンチに下がってる人間、プロサッカー選手としての体力に欠けてるね」
「クソ、情けねえ話だぜ」
「まったくです。これはもっと、自分を鍛える必要がありますね」
「オレ、短距離向きの筋肉してっから、持久力は自信ねえな……」
「まあ、黒浪は速さ重視のプレイヤーだから仕方ない面もあるケド、それでも少しでも長い時間ピッチに立っていられれば、こんなに交代枠も使う必要ないね」
「練習試合じゃなければ、交代枠は限られてます。少なくとも、オレは……」
「そうよ、雪峰。キャプテンが早々にベンチじゃ、指揮が下がるね」
ピッチでは、キャプテンマークを巻いた龍丸さんが、必至にディフェンスの指示を出していた。
「それにしてもよォ。ミリタリーマニアで筋肉マッチョな杜都や、サーファーの金刺が持久力あんのは解かるケド、一馬は意外だよな?」
「そうね。恐らく、天性の持久力があるタイプよ」
「ですが、試合はまだ10分以上残されてます」
「確かに高校生の試合と違って、45分ハーフの90分は長いぜ」
「監督が言ったみたいに、10点取られちまうのかよ!?」
「モチロンね、黒浪。他のプレーヤーも、チームが無残に負ける姿を、目に焼き付けて置くね」
セルディオス監督の指示に、レギュラーだった選手たちは沈黙しピッチを見つめた。
「よし、やっとボールが来たぜ。これで、ハットトリックだ!」
大きく右サイドに開いた九龍さんがセンタリングを上げ、そのボールに新壬さんがジャンピングボレーで合わせる。
「今、こうしてオレたちが、2点差で負けているのは、キーパーであるオレが重大なミスをしたせい……全て、オレの責任だ」
海馬コーチのメタボな身体が、強烈なシュートに反応して右手の側に飛んだ。
「このシュート、絶対に止める!!」
「飛ぶ方向が逆ね。しかも、逆に飛んでいても届いてないよ」
新壬さんのシュートは、海馬コーチの左手側の隅に吸い込まれる。
せっかく柴芭さんが決めてくれたのに……これ以上やらせない!
ボクは、必死に脚を伸ばした。
「か、一馬だ。一馬がまた止めた!」
「御剣くん、中々やりますね!」
ベンチで、黒浪さんと柴芭さんが叫んでいるのが聞こえる。
「ボールが、亜紗梨の足元に転がったぜ。行け、オーバーラップだ」
紅華さんが、海馬コーチの元にいた時代のチームメイトに、支持を飛ばした。
「御剣くんが、必死にクリアしてくれたボール……ボクが繋ぐ!」
3枚のセンターバックの、一番左に陣取っていた亜紗梨さんが、意を決してドリブルを開始する。
「よし、亜紗梨がボールを持ち上がってくれた。これで、守備陣も一息付ける」
「イヤ、そうじゃ無ェだろ、雪峰キャプテンよォ」
「なに?」
「見ろよ、一馬が走ってるぜ。アイツら、点を決める気だ」
「こ、この時間で2点ビハインドなのに、まだ得点を狙っているのか!?」
「その様ですね。御剣くんはまだ、この試合を捨ててません」
「御剣 一馬.。お前は……」
紅華さんや柴芭さんの台詞に驚きつつも、雪峰キャプテンはピッチの戦況を見守った。
「これ以上、突破はさせないよ!」
左に開いてドリブルを続ける亜紗梨さんの進路を、旗さんが立ちはだかって塞ぐ。
「こ……こっち!」
「よし、御剣くん」
亜紗梨さんが直ぐに気付いて、ボクにボールを渡してくれた。
「そんなの、読んでるって!」
旗さんは迷わず、ボールを持つボクにプレッシャーをかける。
後ろに、脚の長い湯楽さんが控えているからだろう。
裏に走る、亜紗梨さんへのパスはムリだ。
ここはキャプテン、頼みます!
ボクは、ヒールキックでボールを下げた。
「フフ、どうだい。ボクと湯楽のダブルボランチの前じゃ、攻め手が無いだろう?」
「違う、旗。アレ見ろ」
「何が違うって言う……なにィ!?」
ボクがボールを下げた先には、龍丸キャプテンがオーバーラップを仕掛けていた。
前へ | 目次 | 次へ |