シャンソン
「キミたちが、ユークリッターで話題になってる、ゴージャス双子姉妹か!?」
友人は、才能がどうのと悩んでいたコトなど、すっかり忘れている様子だった。
「そ、そうですわ。わたくし達はずっと、アイドルを志して来たのです。殿方が何を求めているかも、心得ておりますわ」
少し鼻を高くしたアロアが、地味なシャツに隠れた豊満な胸を張る。
「も、もちろん、自分たちの年齢も心得ておりますわ。ねえ、お姉さま。あくまで、厳しい芸能界を生き残る術として、この身体を使ってるだけですのよ」
「メ、メロエさんの仰るとおりですわ、先生。勘違いなさらないように」
妹のメロエに目配せされ、口裏を合わせるアロア。
どうやら2人は、教師としてのボクを警戒しているみたいだ。
「それは、お前たちの方だと思うぞ。今日は、お前たちに会いたがってる、コイツの付き添いだ」
ボクは、友人の気が変らないウチに、半ば強引に紹介する。
「え、そうなんですの?」
「こちらのお方は、先生のご友人なのでしょうか?」
「ああ、悪い。自己紹介が、遅れたね。オレはキミらの先生の、大学時代の友達なんだ」
「大学時代は、常にギターを抱えてるようなヤツでな。それが高じて、今ではスマホゲームの音楽を創ってる会社に勤めてるんだ」
「ゲームミュージックと言う、ヤツですわね?」
「ですがゲーム会社の方が、わたくし達にどう言ったご用件で?」
アロアとメロエも、普段とはかなりイメージが違っていた。
自慢の巨乳や大きなお尻も、今日は大きなシャツとゆったりしたジャージに隠れている。
「ああ、曲のイメージ創りだよ。実はユークリッドからの依頼で、キミらのソロ曲を作曲するコトになったんだ。それでキミたちの人となりを……」
「す、少し目を閉じて、お待ちくださいませ。今のわたくし達は、本来の姿ではありません」
「この姿は、ファンの方々の目を避けるためのモノであって、なんの参考にもなりませんわ」
地味な姿の双子姉妹は、慌ててバーのバックヤードへと駆けて行った。
「アレが、安曇野 亜炉唖(あずみの あろあ)と、安曇野 画魯芽(あずみの えろめ)ちゃんか。ずいぶんと、立派に成長したモノだな」
「お前、2人を知っているのか?」
「そりゃあ、お前よりはな。芸能界じゃ、子役の頃から活躍してたし。少し見なかった時期もあったケド、最近も化粧品やエステのCMに出てたぞ」
考えてみれば、ボクよりコイツの方が、遥かに芸能界やゴシップには詳しいのだ。
「ユミアちゃんホドじゃ無いが、今回デビューする4組の中じゃ、1番情報が豊富に出てるしな。最悪、取材が出来なくても何とかなるって思ってたくらいだ」
そうこうしていうるウチに、華やいだ衣装に着替えた双子姉妹が戻って来た。
教師としては黙認出来ない、大きく胸の開いた、艶やかなドレスを纏っている。
「確かに、ユミアさんがアイドルを受けていれば、間違いなく脅威になったでしょうね」
「正直に言えば、彼女がアイドルを拒否してくれて、ホッとしている自分もおりますわ」
「芸能界で、長年揉まれてきたお前たちから見ても、アイドル教師としてのユミアは凄いのか?」
「ええ、そうですわね。普段のユミアさんと、同一人物には思えませんが」
「普段のユミアさんって、大きなTシャツにパンツ姿でウロウロしてますからね」
「ええ、マジで!?」
「ご、ごめんなさいませ。口が、滑りましたわ!」
必死に謝ってはいるが、否定はしないメロエ。
「ところで、曲調がのリクエストなどは可能でしょうか?」
アロアが、ボクの友人に問いかけた。
「え、まあ、可能だとは思うケド……いきなりジャズとか作曲しろって言われても、厳しい感じ?」
「シャンソンは、どうでしょう?」
「シャ、シャンソン……正直、厳しいかな」
「そ、そうなのか。お前がギターで弾いていた曲も、けっこうレトロな雰囲気だったが」
「アレは、カントリーやフォークだろ。シャンソンとは、かなり違うぞ」
大学での科目の殆どは、ボクが上だったものの、音楽についての知識は友人に遠く及ばない。
「宜しければ、シャンソンの名曲を1曲おかけいたしましょうか?」
気を利かした初老のマスターが、バーカウンターの向こう側の機材に手を掛ける。
店内に流れるムーディーな曲が途切れ、替わりに華やかなメロディが流れ始めた。
若い女性ボーカルの凛とした艶のある歌声に、ストーリー性のある歌詞。
バーが急に、晴れやかな舞台に替わったかと思えるホドだった。
「へえ、これがシャンソンですか。そう言えばこの曲、聞いたコトありますね」
それは、音楽にそれホド興味のないボクでも、聞き覚えのある曲だった。
「先生も、聞いてくれていたのですね。嬉しいですわ」
「だってこの曲、お母さまの代表曲でしたから……」
アロアとメロエの双子姉妹は、満面の笑顔を浮かべながら曲を聴いていた。
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