後悔の涙
「こうして剣と槍を構えて向き合っていると、ガキの頃を思い出すぜ」
バルガ王子が、紫色の海龍に向って言った。
「あの頃は……イヤ、今でも貴方は、わたしや王の手を焼かせる」
アクト・ランディーグは、深紅の金剛槍を両腕に持ち、王子に突進する。
「ケッ、昔ばなしをする余裕も、無ェのかよ!」
「甘いですな、王子。戦場に立てば過去の想い出など、なんの役に立ちましょうぞ!」
鋭い回転のかかった深紅の金剛槍が、王子を吹き飛ばした。
「槍術においては、オヤジすら上回るってだけはあるな。魔王にされても、衰えて無ェぜ」
バルガ王子は空中で体制を立て直し、間合いを取って着地する。
ベリュトスとシドンは、もう限界だな。
黒髪の嬢ちゃんも、オヤジ相手にいつまで持つかわかりゃしねェ。
サタナトス相手に善戦している蒼髪のボウズも、いつ暴走するか……まったく、厄介だぜ。
「お袋……アンタがくれた剣で、何とかしたいところだが……」
黄金の長剣の切っ先を見る、バルガ王子。
すると偶然、弟のギスコーネと目が合った。
カル・タギアを裏切った弟は、王子に叩きのめされ、半身が瓦礫に埋まっている。
けれども王子に、弟を気遣う時間は与えられなかった。
「一応言って置きますが、元7海将軍の彼らも本気は出しておりません。長く苦しみを味合わせるため、遊んでいるに過ぎないのですよ」
「なにぃ!?」
「貴方のお父上とて、同様。まだ大魔王としての真のお姿も、顕してはおられぬのですぞ」
「そうかよ、御託はそれだけか?」
強がりつつも上空を見上げると、ルーシェリアが真の姿を顕す前の大魔王に苦戦を強いられていた。
「最期に1つ……このわたしも、本気を出すコトは無いでしょう」
「ずいぶんと、余裕かましてやがるぜ」
「武を以て制圧するとは、そう言うコトですよ、王子」
アクトの、深紅の金剛槍『オロ・カルコン』が激しく光り輝く。
ため込まれた深紅の光が、王子に向かって放たれた。
「ヒイィ……ま、待て。まだ、ボクもォ!?」
「……チィ!」
光の波動が、2人の王子を飲み込んだ。
紅い閃光は、戦いの真っ最中だったメディチ・ラーネウス、ペル・シア、ソーマ・リオの間をスリ抜け、空の彼方へと拡散し消えて行った。
「オ、オイ、危ねェじゃねえか!!」
「当たったら、マジ黒焦げっしょ!?」
「気を付けて欲しいんだな……」
「雑魚を相手に、いつまでも遊んでいるからだ」
悪びれる様子もない紫色の海龍に、眉をひそめる3体の魔王。
「アクト、テメー何様のつもりだ。テメーが7海将軍の筆頭だったのは、昔の話だぜ」
「アンタはバルガ王子の派閥だったから、ウチらとは元々気が合わなかったっしょ」
「ま、どっちも死んじまっただがな」
3体の魔王はバルガ王子と、かつて自分たちの主だったギスコーネ王子の居た場所に目をやる。
「テメーら、どこに目を付けてやがる。勝手に人を、殺すんじゃ無ェ」
つい数刻前までは、海底神殿だった建物の屋根から声が聞こえた。
「なッ、バルガ王子。生きてやがったのか!?」
「それにギスコーネのヤツまで、生きてるっしょ!」
「な、なんでだァ!?」
「コイツが埋まっていた周りの瓦礫を、黄金に変えて防護壁にしたのさ。ま、せっかくの壁も、アクトの槍の一閃で溶解しちまったがな」
肩に弟を抱えたバルガ王子が、言った。
「ほう、生物だけでなく物まで黄金に変えられるとは、初耳ですな?」
「まあオレ自信も、驚いてるくらいだ。この剣には、まだまだ能力が秘められていそうだぜ」
すると、王子の耳元で囁く小さな声が聞こえた。
「ど、どう……して……ボクまで助けた!?」
兄に抱えられたギスコーネは、驚きと恐れの居り混じった瞳で兄を見る。
「国を売った大罪人とは言え、一応はオヤジの血を分けた弟だからな。見殺しにすんのも、目覚めが悪いってモンよ」
「あ、兄上は……母上の実の子では……ないのですよ」
「ああ、だがオレを育ててくれた。お袋が死ぬとき、なにも言わなかったが、お前のコトを気にかけていたように思うぜ」
「母上が……ボクを……」
弟の瞳からは、後悔の念が詰まった涙が零れ落ちた。
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