ラノベブログDA王

ブログでラノベを連載するよ。

王道ファンタジーに学園モノ、近未来モノまで、ライトノベルの色んなジャンルを、幅広く連載する予定です

この世界から先生は要らなくなりました。   第07章・第33話

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朧月夜(おぼろづきよ)

「オイオイ、いい加減に落ち込むのも止せよ。相手は、ユークリッドのコンピューターなんだ」
 ボクの肩に寄っかかったまま、自分で歩こうとしない友人に向って言った。

「AIサマだよ。ユークリッドの世界中のサーバーをリンクさせ構築した……な」
「もうアポ、取ってるんだ。行かないにしろ、断りの電話でも入れて置かないとだなあ」
「そんなの、お前が入れろ。オレはもう、作曲家としての自信が木っ端みじんに撃ち砕かれてんだ」

「だったら、プレイ・ア・デステニーと、プレジデントカルテットの、ソロ曲の作曲はどうすんだよ?」
「そんなモン、あの2人の人形の作った1200曲のウチの、なん曲かを使えば問題ないだろ!」
「まあ、それもそうか」

「オイ、そこは否定しろ。お願いです、否定して下さい!」
 そう言いつつも友人は、ボクの首に絡めた腕をヘッドロックへと切り替える。

「イデデ……わかった、悪かったから、手を離せ!」
 ボクが友人の腕を振り解くと、友人は街中の道の上にうずくまった。

「仕方の無い、ヤツだなあ。とりあえず、バーでの取材はキャンセルして置くぞ」
「ああ……ん、バーか。バーなら、行ってもいいかな」
 友人は、ゆっくりと立ち上がる。

「どっちにするんだ、行くのか行かないのか……」
「行くよ。取材申し込んどいて、ドタキャンも厳しかろう」
 友人の眼が死んでるのが気になったが、ボクたちは地下鉄に乗って目的地へと移動した。

「ここが目的地のバーか。まさか、この店だったとは……」
 バーはかつて、ユークリッドの科学の教師である、鳴丘 胡陽(なるおか こはる)に連れて来てもらった店で、『朧月夜』と言った。

「ン、どした。来たコトある、店なのか?」
「ま、まあな。正直に言うと、あまり良い想い出が無い」
 ウォッカベースのカクテルばかり注文してしまい、酩酊し醜態を晒した記憶がよみがえる。

「いいから、入ろうぜ。今のオレには、こんな店が必要だ」
 疲れ切った顔の友人は、和風の引き戸を開け、ヨロヨロと中へと入って行った。

 ボクも足を踏み入れると、和風な外観とは打って変わって、中は薄暗いムーディーな空間が広る。
落ち着いた洋風バーのテイストに、真っ白な玉砂利の敷かれた小さな中庭も混ぜ込まれ、相変わらずお洒落な店だと思った。

「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
 バーカウンターに居た初老の男が、カウンターテーブルに氷と水の入ったグラスを置いた。

「あ、あの、オレたち……いや、わたし達は、ウェヌス・アキダリアの取材の件で……」
「ハハ、伺っております。ウチの店を撮影に使っていただけるとは、光栄の限りですよ。まだアイドルの方も、撮影スタッフの方々も来店されてませんので、お掛けになって下さい」

 マドラーによって、氷がグラスの中でカラカラと周り、まるでカクテルのように置かれる。
2つ並んだグラスの前の椅子に、ボクと友人は座った。

「この間は迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません。あまり記憶もないのですが……」
「また、お越しいただけましたね。何よりです」
 バーテンダーは、静かにグラスを拭きながら微笑んだ。

 店の正面の壁に、スリッドくらいの障子窓があり、そこから夕日が差し込んでグラスを赤く染める。
取材までの時間を、どうやり過ごそうかと思っていたとき、友人が口を開いた。

「カクテルを1杯……いただけますか?」
「オイ、お前。取材前に、なに言って……」
 文句を言いかけたボクの口は、友人の悲壮感漂う顔を見た途端、動きを止める。

 撮影前だからなのか、まだ夕方だからなのか、店にボクたち以外の客は居なかった。
初老のバーテンダーは、少し間をおいてから後ろを向き、戸棚から蒼いボトルを取り出す。
銀色のシェイカーに氷を入れ、ボトルの酒とジュースを注ぎ、カタカタと振り始めた。

「なにか、お悩みのようですな。今は店に、男ばかり3人です」
 そう言うとバーテンダーはシェイクを止め、円錐を逆さにしたグラスに中身を注ぐ。
少しだけ白くなったカクテルに、ライムを添えて友人の前に差し出した。

 前に来たとき、鳴丘 胡陽が頼んだカクテルで、名をギムレットと言った。

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