殿(しんがり)の王子
「ギスコーネ、泣くのは後にしろ。街の下は、海なんだ。お前は、ここから脱出するコトを考えろ」
バルガ王子はそう言うと、弟に向かって1振りの剣を差し出す。
「あ、兄上……この剣は……」
「氷結の剣『コキュー・タロス』、元はお前の剣だ」
ギスコーネは、兄から剣を受け取った。
「だがその剣で、ティルスがオレを護って死んじまった。ティルスの形見でもあるんだから、ずっと大切にしやがれ!」
弟に継げると、兄はオレンジ色の長髪を靡かせて、魔王たちが群がる戦場へと舞い降りる。
「ど、どうして……ここから飛び降りれば、兄上だけでも助かったかも知れないのに……」
弟は、手渡された氷の剣を見つめていた。
「オラ、テメーら、退きやがれ!」
バルガ王子が黄金の長剣を一閃すると、その周囲の建物や地面が黄金へと変化して行く。
「バルガ王子め、やっかいな剣を手に入れやがって!」
「こんなの喰らったら、また黄金像にされるっしょ!」
「あ、危ねえだ」
メディチ・ラーネウス、ペル・シア、ソーマ・リオの3体の魔王は、剣激を避けるために一旦退いた。
「よ~し、良いコだ。お前ら、無事か?」
王子は、3体の魔王と戦っていた、スプラやシドン、ベリュトスと合流する。
「ボ、ボクはまだ、なんとか。でも、2人が……」
3人の中で未だに立っていられたのは、スプラ・トゥリーただ1人だった。
「シドン、ベリュトス、大丈夫か?」
「面目……次第もございま……せん」
「う……グゥ、ハデに……やられちまったぜ……」
「待ってて。今、治療するから」
スプラの槍の触手が、倒れた2人の男に触れる。
「スプラ、お前が回復魔法を使えて助かったぜ」
「でも、ボクの魔法は初歩的なモノなんだ。完全回復とまでは、行かないよ」
それでも、2人の男をなんとか立ち上がらせるくらいには、回復させた。
「でも、王子。これから、どうすんの?」
「決まってるだろ、尻尾を巻いて逃げるのよ!」
「ええ、逃げるって!?」
「今のオレらじゃ、到底アイツらには勝てねェからな。だったら、逃げるほか選択肢は無いだろ」
「で、でもどうやって?」
「なるホド、この天空都市も元はと言えば、大洋の真ん中にあった海底都市。つまり、周りは……」
「海ってコトか。確かに飛び込んじまえば、こっちのモンだぜ」
少しだけ回復した、シドンとベリュトスが言った。
「殿(しんがり)は、オレが引き受ける。オメーらは、アラドスを連れて、海に飛び込め!」
「で、ですが、王子が殿など聞いたコトも……」
「議論してる時間なんて、無ェぜ。それが最善策だってくらいはシドン、お前なら解るだろ」
「も、申し訳ございません、王子。了解いたしました」
海皇パーティーの知恵袋も、王子を危険に晒す策に乗らざるを得ない。
「そろそろヤツらが、反撃してくる頃だ。スプラ、そいつらを、頼んだぜ」
「わ、わかったよ。でも、ダーリンと、ルーシェリアはどうすんの?」
「悪いが、それぞれに切り抜けてもらうしか無ェ。コウモリの嬢ちゃんは、羽根が生えてんだ。逃げようと思えば、逃げ切れるハズだ」
「ダ、ダーリンは?」
「お前のホレた男は今、サタナトスと互角以上にやり合えてる。もし暴走しちまったら、またオレがなんとかしてやんよ」
「わ、わかったよ。約束だからね」
「お、王子、ご武運を……」
「ぜってー、死ぬんじゃ無ェぞ」
「海の王子が、天空なんざで死ねるか、バーカ」
王子は振り向かずに、背中で見送った。
「オ、オイ、王子のヤツ、オレたちの獲物を、逃がす気だぜ!?」
「ウソォ、そうはさせないっしょ!」
「待つんだな!」
「そうはさせ無ェは、こっちの台詞だ。また黄金像になりたかったら、かかって来な!」
黄金剣『クリュー・サオル』を身構え、迎撃態勢を取る王子。
「同じ手に何度も、引っ掛かるかっての」
「アタシら、あの時よりパワーアップしてるっしょ!」
「観念すんだな」
3体の魔王の3本の槍が、王子に向けられる。
3つの斬撃が王子に達する寸前、氷の壁がそれを阻んだ!」
「な……氷の壁が、なんでいきなり!?」
「こ、この能力って!?」
「だ、誰なんだな?」
「まったく、お人好しにもホドがありますよ、兄上」
すると、1人の男がバルガ王子の前に降り立つ。
「何しに来やがった、ギスコーネ!」
「決まっているでしょう。甘々な兄に、加勢するためですよ」
ギスコーネ王子は、兄から返還された氷の剣を構えた。
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